テーマ:マラリア

昭和33年頃、中華人民共和国でマラリアが蔓延していたが、現代では激減したらしい。

朝日新聞 夕刊 東京版 昭和28年(1953年)2月15日月曜日 3版 3面 北京の 印象記 内山 完造 氏からの 第三信  中共 引揚 打合せ 代表団の 一人、内山 完造 氏は 14日、次の ような 「北京の 印象記」を 第三信と して 本社に 送って 来た。  1日と して 水なくては 生きてお…
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大正時代のマラリア資料(沖縄県の八重山の病原地では、住民は予防していなかった)

二、マラリアに 対する 調査成績  八重山郡に おける 風土病に 対しては 明治20年(1887年)以来 この調査に着手し その間には 帝国大学 三浦 博士 及び 伝染病研究所 守屋 学士等の 派遣が あった。 また 明治29年(1896年)には 県に 風土病 調査 嘱託医を 設置する…
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大正時代のマラリア資料(沖縄県のハマダラカは、3270m以上、飛ぶことができない)

(47) 沖縄県 一、マラリア蔓延状態  本県の マラリア有病地は 八重山、宮古の 両郡で あり、八重山に 多く、宮古は 極めて 少ない。 八重山郡は 石垣島の他 8島嶼から 成り、面積は 42方里で ある。 このうち 有病地は 西表島の 全部 及び 石垣島の ほとんど全部に わたり 無病の 島嶼は 興那圏外…
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大正時代の東南アジアなどの伝染病などの資料(マレー半島でコレラ、ペスト流行など)

札幌 夏 最高気温 平均 華氏 約 53.2 度(約 11.8℃) 冬 最低気温 平均 華氏 約 6.1 度(約 - 14.4℃) 東京 夏 最高気温 平均 華氏 約 65.3 度(約 18.5℃) 冬 最低気温 平均 華氏 約 49.6 度(約 9.78℃) 長崎 夏 最高気温 平均 華氏 約…
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大正時代のマラリア資料(ギリシア・イタリア南部で黒水熱多発)

黒水熱 地理的分布  主として 熱帯 及び 亜熱帯の マラリア流行地方に 発生する。 ヨーロッパに おいては ギリシアに 比較的 多発し、 イタリア南部でも まれではない。 アフリカ 特に 下ギニアの 海岸地方 イギリス領 油田地方 及び カメルーン、マダガスカル地方に 本症は 多発…
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大正時代のマラリア資料(網戸さえ設置できないような、おんぼろな住居が多かった)

マラリア予防法  予防は 次の いずれかの 一法に より または それぞれを 併用する方法による。 (1) ハマダラカの 削減 (2) マラリア原虫 保有者の 根絶 (3) 蚊に 刺されることからの 予防 (4) キニーネ予防内服 ハマダラカの 削減  ハマダラカの ボウフラは 湧泉 渓…
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大正時代のマラリア資料(明治35年の脾臓皮下裂傷死亡率:92.3%)

慢性症(←三日熱マラリアなどを長期間、放置した場合などに、起こりうる症状)  慢性マラリア、マラリア悪液質、脾臓 肥大等は 善良な 状況で 生活させ 消化器 及び 貧血の 回復に 努め マラリアの 再感染を 避け 転地療養 適切な 栄養療法等が 必要である。 近時 脾臓の 肥大に…
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大正時代のマラリア資料(台湾のハマダラカの種類)と揚子江の熱帯熱マラリア消滅

ハマダラカ 動物学上の 分類  マラリア 媒介 蚊で ある ハマダラカは 動物界中 前肢類の 昆虫類中 隻翅類の 亜目 線状 触角族中 蚊科 動物で あり 従来 これを 9亜科 82属に 分けていた (セオバルト)。 我々が 日常 接触して 煩わしい 痒みを 起こすものは ハマダラカ亜科 及…
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大正時代のマラリア資料(樺太・北海道・本州・九州・朝鮮・支那・琉球・台湾等でマラリア流行)

マラリア マラリア原虫  マラリア原虫(Plasmodium spp. )は 単細胞 原生生物であり 人体内では 無性生殖 蚊体内では 有性生殖を 営み ハマダラカは 固有 宿主である。 人体は 中間宿主と 認められる。  無性生殖は 原虫が 発育して 核は 分裂して …
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大正時代のマラリア資料(明治時代の台湾で、上陸軍の大半がマラリア罹患など)

序 一たび 台湾領有の 歴史を ひもとけば 上陸軍の 100分の 80は マラリアに 犯され、赤痢、脚気(←現代では、脚気は、感染症ではなく、栄養障害であることが判明している)、腸チフスが 至る 所に 猛烈に 流行し 澎湖(ほうこ)(ポンフー)列島に おける コレラの 猛烈な 流行が これらに 加わった。 幾多の将卒が 焦土…
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大正時代のマラリア資料(19世紀の上海でマラリア流行など)・滅菌のない上水道で赤痢死亡?

第七 マラリアは どんな 方法で 予防すべきか  マラリアの 予防には 下の 3方法が あって これらを 同時に 行うと ますます 有効で ある。 一、人体内に 潜伏する 寄生虫を 撲滅する 二、患者は 防蚊の 方法を 守る 三、蚊族の 駆除撲滅を 励行する 一、人体内に 潜伏する 寄生虫を 撲滅する …
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大正時代のマラリア資料(ハマダラカなど)

第三 マラリアの 病原体は マラリア原虫と 称する 寄生虫です。  26年前、フランスの ラヴラン氏が マラリア原虫を 発見して以来 (←フランスの ラヴラン氏が マラリア原虫を発見したのは、1880年であり、 計算が合わないが、原文通り、入力した) 本病に ついての 研究は ますます 精細となり 今日…
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大正時代のマラリア資料(イタリアで年3千人以上がマラリア死亡など)

マラリア(又名オコリ、ギヤク)予防心得 緒言 マラリアは 多数の 人命を 一時に 奪うことは少なく、 熱の 発作も また、毎日ではない。 苦悩の 時間も また、短少なため さほどに 重視されないようであるが、 要するに 本病は 不健康地に 流行することが 普通である。 台湾のような ところは…
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明治時代の北海道深川村の資料など(屋内の蚊など)

第12章 深川村に おける 蚊の 存在 及び 感染の 場所  深川村(現在の 北海道 深川市)に おける 蚊の 所在に ついては これを 屋内と 屋外に 区別して 論ずる 必要が ある。  屋内に おいては ハマダラカは Culexより 多数を 占め その数の 比を 表すと ハマダラカ : C…
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明治34年頃の北海道深川村の資料(人口など)

第7章 深川村に 蚊が 発生する ことは あり得るか?  蚊の 発生は、地、水、気の 三態に 著しい 関係が あるので 深川村に おける 地理 及び 気象の 概観を 記載する 必要が ある。 (1) 地理  深川村(現在の北海道深川市)は 北海道 石狩国 雨竜郡の 南端に 位置し 東南の 2…
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明治時代の北海道(屯田兵・第七師団)の土着マラリアなどの資料

 明治34年(1901年)7月15日 著者 都築は 第七師管々下へ 出張を 命ぜられ、同 18日、東京を 出発し、21日、札幌に 到着した。その後、深川、剣淵、旭川等の 各地で、蚊と マラリアとの 関係を 調査し、28日、東京で、研究を続行して、復命書を書き、9月21日、復命書を、奉呈した。著者:大町は 札幌から、出張して、共同…
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明治時代の北海道(屯田兵など)・本州・四国・台湾の土着マラリアなどの資料 

第2章 歴史的蔓延  マラリアは 古くより 既に 存在し、ヒポクラテス氏は、発熱と 疼痛を 伴うものと、そうでないものとに 分け、更に これを 稽留熱、日発熱、三日熱、四日熱の 4種に、分類した。  わが国に おいても 往古 既に 存在していることは 疑いようも ない。堀河天皇が この病に 罹患しなさったことがあるのは 歴史…
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昭和28年頃の性犯罪など

朝日新聞 東京版 夕刊 昭和28年(1953年) 1月9日 金曜日 3版 3面 ボクシング部を 解散  明大で 暴行5選手は 放校  去る 12月29日 集団暴行、致傷の 疑いで 東京中野署に 逮捕された 中野区 雑色町 4 明大 ボクシング部 合宿内 H沢 K〔(23歳男性) 政経学部 4年、主将〕以下の 5選手に 対し、明大…
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