昭和32年頃の性犯罪など その2(自宅前の通り魔で失明?、小学校内で女児強姦 等)

サンケイ(←今の産経新聞) 大阪版 市内版 昭和32年1957年)4月9日 火曜日 10面
少女暴行の 少年 6人組 捕る

 浪速署では 8日、西成区 南開町、T(19歳)、同 H(19歳)、同 K(18歳)、同区 長橋通 S(18歳)、浪速区 三島町 M(17歳)の 6少年を 婦女暴行の 疑いで 逮捕、取調べて いる。Mは 大工見習、他の 5少年は いずれも 製靴工で さる 2日 よる 10時ごろ 顔見知りの 西成区 旭南通、C中学 3年生の A子さん(14歳)を
家の 人が 待っているから 連れて いってやろう。

と 浪速区 鶴町 4丁目の 空地に 誘い出し 集団で 暴行を 働いた 疑い。


サンケイ(←今の産経新聞) 夕刊 大阪版 昭和32年1957年)4月15日 月曜日 4版 3面
娘さん 失明? 通り魔に 殴らる

 14日 午後 9時ごろ、大阪 生野区 南生野町、養鶏業 H田 H吉 氏(56歳男性)の 長女 Y子さん(18歳)が 自宅前 路上で 自転車に 乗って来た 学生風の 男に 皮バンドの バックルようの もので、顔を なぐられた。大阪市大 付属病院に 収容されたが、右眼に 傷を 負い 失明の おそれが ある。生野署では この 付近で 最近 若い 女に いたずらを する 学生風の 男が ある ところから 同一人の 仕業と みて 追及して いる。


サンケイ(←今の産経新聞) 大阪版 市内版 昭和32年1957年)4月17日 水曜日 10面
早朝 登校の 女生徒に いたずら

 去る 15日 午前 7時ごろ 都島区 都島本通、都島 小学校K西 H 校長男性)= 5年生の A子ちゃん(10歳)が 登校した ところ 廊下で 待って いた 少年に 屋上へ 連れて ゆかれ、いたずら されそうに なったが、他の 子供たちが 上って 来た ため、少年は 逃走した。少年は 17, 8歳、学生服を 着て いた。

 同校では 去る 2月、生野区 田島 小学校の 女生徒が 早朝に 登校した ため 暴行された 事件後、全校 生徒に 8時までに 登校しない よう 注意して いた。


サンケイ(←今の産経新聞) 大阪版 市内版 昭和32年1957年)5月2日 木曜日 10面
東成の 姉妹殺し 起訴

 大阪地検では 1日 午後、布施市 足代 北、無職 N田 Y彦(19歳男性)を 強盗、婦女暴行 および 強盗殺人罪で 起訴した。N田は さる 28年 初めから 東成区 深江 東 Y 鉄工株式会社 = Y野 T吉 社長男性) = に 工員と して 住込んで いたが さる 3月 13日、同僚と 酒を 飲んだのを Y野さんの 五女 S子さんに 叱られた うえ、翌日 解雇された ため
Y野さん 夫婦を 殺そう。

と 同月 28日 午後 11時ごろ、刺身包丁を もって Y野さん方へ 侵入、居合せた 二女 K子さん(25歳)を 刺殺、四女 T子さん(23歳)に 暴行を 加えて 電気コードで 絞殺した のち、ラジオ、柱 時計、オーバーなどを 奪って 逃走した もの。


サンケイ(←今の産経新聞) 大阪版 昭和32年1957年)5月23日 木曜日 14版 9面
笹薮で 人妻 殺さる 中河内  畑仕事に 出たまま

 22日 午後 3時 30分ごろ、大阪 中河内郡 柏原町 国分 通称 土塚山の ブドウ畑 横、約 2 ㍍ の 笹薮の 中で 同町 中町、K洋精工会社 工員 T野 K夫さん(41歳男性)の 妻 Mさん(35歳)が 全裸の まま 絞殺されて いるのを 親類の 奈良県 北葛城郡 香芝町、農業 Y田 T太郎さん(男性)らが 発見、柏原署に 届出た。大阪府警 捜査一課から 係官らが 現場に 急行 同署に 捜査本部を 置き 殺人事件とみて 捜査を 開始した。家人の 話に よると Mさんは 去る 20日 午前 9時ごろ
自宅から 約 1里 はなれた 自作の ブドウ畑へ 手入れに 行く。

と いって 出かけたまま 行方不明と なり、Y田さんらが 同日 夜から 山を 捜し回って いる うち、死体を 発見したもの。

 現場は 国鉄 関西線 河内堅上駅 東、大和川沿いの 奈良街道から 約 500 ㍍ 離れた 河内ブドウの 産地で ある 土塚山(生駒山系)の 中腹の 寂しい ところで、T野さん所有の ブドウ畑の アゼ道から 数 ㍍ はなれた 笹薮の 中に 死体を かくすように して うつぶせに しており、レインシューズを はいて いるだけで 着衣、所持品など 見つかって いない。

 T野さん 一家は 夫婦と 長男 K一 君(9ツ) =国分小 3年= 、長女 E子ちゃん(6ツ)の 4人暮しで
Mさんは、ブドウ畑の 野良仕事の 合間に 手内職を して、月 1万円位の 収入が あり、小金も ためて いる。

と いう。
主人の K夫さんは 病身がちで 夫婦仲は 良くなかったそうで、そのうえ、男関係に とかくの うわさが あった。

と いわれる。捜査本部では 被害者に 外傷なく 着物が 脱がされて いるなどの 点から、痴情関係、または、変質者による犯行説を とっているが、殺されたと みられる 20日正午ごろ、現場付近の 畑で 野良仕事を していた 人が 土塚山 中腹の 谷間に 日ごろ あまり 見慣れない 自転車 2台を みたと いう 事実も あり、Mさんが 口ぐせの ように
あの 畑の ふもとに ある 採石場の 人夫達が 気味悪い。

と もらして いたと いう 点から、この 2台の 自転車の 行方と 現場付近 一帯の 飯場の 聞き込み捜査を 行うと ともに、警察犬 2頭を 使い、被害者の 衣類などを 捜している。なお、死体は 同日 午後 11時から 同署で 解剖した。


サンケイ(←今の産経新聞) 夕刊 大阪版 昭和32年1957年)5月25日 土曜日 4版 3面
女子大生 殺さる

熊本】 24日 午後 9時ごろ、熊本県 下益城郡 城南町 旭の 県道 付近 麦畑で、同郡 城南町 塚原、熊本女子大 家政科 2年 H江 Nさん(20歳女性)が 首を しめられ 死んで いるのを 通行人が 発見、松橋署に 届出た。現場の 麦畑が 荒され 暴行された あとが あり、付近に 熊本 工業 高校の 記章の ついた 帽子が 捨てられて いる ことから 同署では 高校生の 仕業と みて 捜査して いる。


サンケイ(←今の産経新聞) 夕刊 大阪版 昭和32年1957年)5月25日 土曜日 4版 3面
高校生を 逮捕 熊本の 女子大生殺し

熊本既報 = 24日 夜 熊本県 下益城郡 城南町の 麦畑で 熊本女子大 家政科 2年生 H江 Nさん(20歳女性)が 絞殺されて いた 事件に つき、松橋署では 付近に 落ちて いた 帽子から 25日 午後 4時ごろ 熊本工業高校 2年生 A少年(16歳)を 婦女暴行、殺人容疑で 逮捕、同 少年は 犯行を 自供した。


転載自由のサイトである
http://kangaeru.s59.xrea.com/32.htm
から、この性犯罪を転載する。

昭和32年(1957).5.24〔高2がレイプ殺人容疑者
 熊本県下益城郡の畑で、女子大生(22)がレイプされて殺害された。高校2年生(17)を有力容疑者として取り調べ。


 加害者と被害者の年齢が異なるが、おそらく、同一の性犯罪であると推測される。

サンケイ(←今の産経新聞) 夕刊 大阪版 昭和32年1957年)5月30日 木曜日 4版 3面
女工 2人に いたずら 刑務所の 看守 捕わる

 大阪 堺北署では 30日 午前 零時半ごろ 大阪 刑務所 看守 W田 Y高(21歳男性) =堺市 南長尾町、府営住宅内= を 婦女暴行の 疑いで 逮捕 取調べている。W田は 29日 午後 9時ごろ 大阪 浪速区 新世界 付近で 東住吉区 喜連町、サンスター歯磨株式会社 女工 F子さん(22歳)と S子さん(19歳)の 2人に すしと 酒を 振舞い、言葉たくみに 2人を 自宅に 誘い込み、酔いに まかせて 暴行を 加えたと いう もので、F子さんと S子さんが 堺北署 金岡派出所に 届出ている。


サンケイ(←今の産経新聞) 夕刊 大阪版 昭和32年1957年)5月30日 木曜日 4版 3面
旅館で “処刑の 部屋
布施で 高校生ら 7名 挙る

 大阪 布施署では 30日までに 河内市 市場、無職 T少年(16歳)ら 7名を 恐喝、婦女暴行、暴力行為などの 疑いで 逮捕 取調べて いる。Tらは 去る 1月 中旬ごろ 布施市 横沼、無職 Wさん(16歳)を 同市 足代 2 ノ 22、M月 旅館に 呼び出し、カルモチン入りの ジュースを 飲ませ、こん睡させ 7人で 暴行を 働いた ほか 逮捕されるまでの 間に 婦女暴行 10件、暴力行為、恐喝、窃盗など 24件の 悪事を 働いていた。

 同署の 調べに よると この グループの 中には 高校生 3名が 含まれており、ほとんどが 布施五中の 出身。特に 女の子には
同窓会が あるから 来てくれ。

と 呼び出し 暴行を 加えて いた。Tは
本年 初めに みた “処刑の 部屋”から この 犯行を 計画した。

と 語って いる。


処刑の 部屋”から この 犯行を 計画した。

と記載されているが、私が、何かに影響されて、犯罪をした犯罪者に対し、何かに影響されたことを理由として情状酌量をしてはいけない と思っていることはいうまでもない。もし、そういう理由で情状酌量をすると、何かが悪いということになるので、それらを禁止しなければならなくなるからである。未成年者だけに禁止するという方法もあると考えるかもしれないが、その場合、未成年者は新聞を読むこともできなくなり、テレビのニュースを見ることもできなくなる。その理論では、新聞やテレビで報道される凶悪犯罪に触発されて、未成年者が犯罪をする危険性も考慮しなければならないので。

 したがって、何かに影響されたことを理由として情状酌量をしてはいけない と思っていることはいうまでもない。

 模倣犯の詳細を知りたければ、私が書いた下記ブログ記事参照。

http://supplementary.at.webry.info/200712/article_2.html
http://supplementary.at.webry.info/200701/article_4.html
http://supplementary.at.webry.info/200703/article_16.html
http://supplementary.at.webry.info/200801/article_4.html

サンケイ(←今の産経新聞) 夕刊 大阪版 昭和32年1957年)7月7日 日曜日 4版 3面
金持ちが 憎らしい” 日共の 青年党員 良家の 子女に 暴行

 日共の 青年党員が
資本主義に 対する 反発心

から 事業不振の とき 融資を 受けた 家の 少女に 暴行を 加えた 事件が あった。大阪 南署では 大正区 泉尾上通、製材工 N Y己(28歳男性)を 婦女暴行の 疑いで このほど 送庁した。調べに よると、Nは さる 3月 8日 午後 8時ごろ、製材業の 不振で 苦しんで いた とき 融資を 受けた 知人の 一人娘、A子さん(15歳)が 今春 高校入試に 失敗して 悲しんで いるのに 目を つけ
某 高校の H先生を 知って いるから 世話して やろう。

と 巧みに 誘い出した。はじめは 大正区の 某所に 行ったが H先生に 会えず、そのまま
先生は 南の アルサロへ 補導に 出かけて いる。

と 南の 繁華街に つれて 行き、法善寺 横丁の 小料理屋、アルサロなどを 飲み回り、最後に
いつも 先生が 泊る 宿に 行こう。

と 南の ホテルに 連れ込んだ うえ、暴行を 加えた あげく 泣き叫ぶ A子さんに
オレは 金持を みると 憎らしく なる。今日は その 腹いせだ。

と A子さんの 顔を 殴りつけ、同 11時半ごろ 帰宅させた。帰宅した A子さんの 泣きながらの 訴えに びっくりした 両親が 5月末 この 怒りを 大正署に 持ち込み、南署の 本格的捜査で 明るみに 出た。

 Nは 泉尾 工業高校を 卒業。家庭の 事情で 進学できず 数年前から 日共に 入党、一時は 民主青年団 = 現在の 民青同盟 = 大正班の 委員長を 勤め、28年 8月の 日販の 乱闘事件で 検挙された ことが ある。

大正署の 話

 あの 事件は 発生地が 南だから 南署に 移したが、思想的な 問題から 少女を おかすとは 全く ひどい ことだ。Nは 一時 大正細胞では 相当な 地位に あったが、事件以来、党活動は 一切 止めて いる ようだ。


サンケイ(←今の産経新聞) 大阪版 市内版 昭和32年1957年)7月27日 土曜日 10面
少年 36人を 取調べ  恐喝、暴行など 7件

 高槻署では 最近 少年犯罪が ひん発している ので 高槻市内の 不良少年グループを 内偵していたが、26日までに 同市 安満新町、K少年(19歳)を はじめ 高校生 7名を 含む 16歳から 19歳までの 少年ばかり 36名を 身柄不拘束で 取調べている。同グループは Kを 親分格に して 3グループに わかれ、さる 5月 上旬、市内の 女子高校生 Y子さん(16歳)を 同市 安満、京大農場に つれこんで 集団暴行を 加えた のを はじめ、4月ごろから 市内の 映画館や 阪急 高槻市駅などを 根城に して 暴行、恐喝、無銭飲食などを かさね、被害者が 警察へ 届出たと わかると “お礼参り”を するなど 都会の 暴力団も 顔まけの 悪らつさだった。


サンケイ(←今の産経新聞) 大阪版 昭和32年1957年)8月1日 木曜日 14版 9面
少女を 誘カイ、暴行 25日間 連れ歩く えん歌師 取調べ

宮津】 大阪市内の 新世界 通天閣前から 誘拐された 一少女が 京都市内、同 府下 一帯を 25日間 誘拐 犯人に 引っぱり回された あげく、31日 宮津署に 助けられた -。

 31日 午後 1時ごろ 宮津市 天橋立 内湾の 丹後 海陸 交通 遊覧船が 与謝郡 岩滝町 船着場へ ついた とき 薄よごれた ワンピース姿の 10歳位の 少女が 船客に
こわい おじさんに 連れられて いる。警察は どこですか?

と 尋ねたので 船客の 機転で 宮津署 岩滝 巡査部長 派出所へ 保護された。同署では 同行して いた 大分県 生れ 住所不定、えん歌師 H本 H矢(31歳男性)の 任意同行を 求め 誘拐、強制ワイセツ、児童福祉法 違反の 疑いで 調べて いる。

 この 少女は 大阪 住吉区の Y子さん(11歳) =小学校 4年= で さる 7月 6日 午前 9時ごろ 両親が 病気で 家が 貧しい ため、学校を 休み 新世界 通天閣前で ゲタの 鼻緒すげを 売って いた ところ、H本に
何か 食べに いかないか。

と 誘われ、そのまま 京都へ 連れて 行かれた。そして さる 28日まで 毎夜 京都市内の 花街で 歌を 歌わされたり、踊りを させられた。

 Y子さんは この 間 安宿で 泊ったり 野宿を したり して 過ごし
京都の 宿と 亀岡、大江町の 山中で 数回、H本に 暴行された。

と 話して いる。

Y子さんの 話

 おじさんは はじめ 親切でした。夜に 花街へ 行って 流行歌を 歌ったり、踊ったり さして 金を もらった。帰ろうと 逃げたら おじさんが 追いかけて きて また 引戻された。食事は 1日に 1度しか 食べないことも あった。


サンケイ(←今の産経新聞) 大阪版 昭和32年1957年)8月6日 火曜日 14版 9面
盗難調査に 訪れ 暴行 都島署の 刑事 娘さん 訴える

 5日 午前 9時ごろ 大阪 都島区 都島南通、アパート 第一 S荘の 経営者 K H子 さん(22歳女性)が 大阪府警 監察官へ
盗難調査に 来た 刑事に みだらな いたずらを しかけられた。

と 訴え出た。訴えに よると
さる 3日 午後 11時すぎ
1日 同 アパートで 起こった 盗難事件に ついて 調べたい。

と 大阪 都島署 司法係の M本 T夫 刑事(35歳男性)が 同 アパートを 訪れ、管理人室に 上がり込み、Kさんに 暴行しようと したが 抵抗されると
おそく なって 家へ 帰れない。ここへ 泊めて くれ。

と 頼んだ。Kさんは
近くの 旅館を 世話して あげる。お金が ないなら たてかえる。

と 400円を 持って 旅館を 案内した。

と いう。また
・6月 19日 同 アパート内 会社員 M子さん(20歳女性)の 部屋で 現金 2千円が 盗まれ、都島署へ 届出たところ
調べに 来た M本 刑事が M子さんの 部屋で 数回に わたり 寝泊りした。

と アパート内で 噂が 立って いる こと。

・M本 刑事が 3日 夜 1日の 盗難届の 所定用紙と ともに、6月 19日の 盗難届用紙も 一緒に Kさん方に 持って来たこと。

・都島署の 被害届 一覧表に Kさんの 盗難届が 記載されて いない こと。

・届けを うけたが たまたま M本 刑事が、届けを 握りつぶして いる こと。

も ほぼ 明らかに なった。

 一方、M子さんの 話に よると
M本 刑事は 翌 20日、同 アパートに 1人で 訪れ、指紋 検査など して 帰ったが、同月 26日 深夜 再び 調べの ためと いって 部屋に 入り、寝間義姿で いた M子さんに
あなたが 好きだからと いいより 暴行を 働いて その 夜は 同 部屋に 泊り その後も 数回に わたり 泊りに 来ていたので
・2人の 関係は 合意か?

・職権を カサに 強要したものか?

疑問が 残されている。

 この 事件に つき 同 監察官室では M本 刑事、M子さんから 5日、事情を きいたが、午後 6時までの 調べの 結果
① 第一 S荘内で 6月 19日に 現金が 2千円、8月 1日には 現金 1300円と 万年筆 1本の 盗難が あり、都島署の 鑑識係が 現場検証を しているので 手落ちは ない。

② この 事件捜査の 直後の さる 3日 夜、M本 刑事が
泊めて くれ。

と 同荘を 訪れたので Kさんが M本 刑事の 時計を カタに とって 400円を 貸し、同 刑事は この 金で 付近の 旅館に 泊った。これは 警察官と して あるまじき 行為で 懲罰の 対象と なる。

③ M本 刑事と M子さんの スキャンダルに ついては 両人とも 否定して いるので 結論に 達して いない。

などの 点が 明らかに された。

M子さんの 話

 5日の 調べでは はっきり いえなかったのですが、暴行を 加えられたのは 事実です。表沙汰に なった 以上、あくまでも たたかいます。


A沢 都島署長の 話

 府警 監察官室で 双方から くわしい 事情を 聞き 調べて いるが、その 結果に よらないと M本 刑事の 白、黒は 何とも いえない。


三枝市警察部長の 話

 5日の 調べの 結果を 6日 再検討して 真相を 発表したい。しかし M本 刑事の 行為は 明らかに 懲戒委員会の 対象に なるので、7日の 同 委員会に かける。


サンケイ(←今の産経新聞) 大阪版 昭和32年1957年)8月8日 木曜日 14版 9面
M本 巡査を 諭旨免 暴行事件で 処分 都島署長は 訓戒

既報
職務上 知り合った 婦女子に 暴行を 働いた。

と 訴えられた 大阪 都島署 司法係 M本 T夫 巡査(35歳男性)に ついて 大阪府警では 7日 午後、懲戒委員会を 開いた 結果
・同 巡査を 諭旨免と する。

・A沢 都島署長を 本部長 訓戒と する。

・直属の 上司 同署 刑事 担当 T林 J平 警部(男性)、同 司法係 T内 H幸 警部補(男性)の 2人を 署長訓戒と する。

ことを 決めた。府警としては 職務上 知り合った 婦女子に このような 行為を 働いたことは 警察官の 威信を 傷つけるものと して 懲戒免と するとの 空気が 強かったが
・M子さんの 場合は 合意的と みられること。

・問題と なった 2つの 事件は 刑事事件とは ならないこと。

・M本 巡査の 勤務成績が 非常に 良かったこと。

などから 家庭の 事情も くまれ 諭旨免と なったもの。


 M本 T夫 刑事と、M本 T夫 巡査は、同一人物であると推測される。昭和32年頃の、大阪府警察では、巡査が、刑事であることもあったらしい。

サンケイ(←今の産経新聞) 夕刊 大阪版 昭和32年1957年)8月20日 火曜日 4版 3面
不良グループ 「青竜会」 挙る 少年 まじる 10名 逮捕

 大阪 西淀川署では 少年 7人を ふくむ 30数人の 不良グループ 「青竜会」を 捜査していたが、20日までに 10名(うち 少年 8名)を 検挙した。逮捕されたのは 同会 幹部格の 西淀川区 姫島町、無職 S本 S(20歳男性) 同町 とび職 T中 T造(24歳男性) 同 S少年(17歳) ほか 17歳の 少年 7人で、同人らは 去る 6月 24日 夜 淀川の 堤防で 西淀川区 姫島町、店員 Y本 T 君(17歳男性)を 集団で 襲って なぐり 左眼を 失明させた ほか、去る 1日 ひる 武庫川で 遊泳中に 知り合った 東成区 大今里本通 事務員 K子さん(17歳)を おどして 姫島 小学校 教室に 連れ込み 暴行を 加えた のを はじめ 同会の 犯行は 昨年の 4月から
暴行 10件、
傷害 5件、
恐喝 5件、
脅迫 5件、
暴力行為 2件、
婦女暴行 1件
計 28件に のぼって いる。

 同署では 同日 あさ 逃走中の 同会 顧問格 東淀川区 新高北通、H余 S一(20歳男性)、西淀川区 姫島町 工員 T中 J男(21歳男性)、同町 市 臨時職員 N村 S一(20歳男性)の 3人を 指名手配した。

 同会は 北大阪の 商店街や 映画館など 繁華街で 中高校生、店員を つかまえて おどして いた。


サンケイ(←今の産経新聞) 夕刊 大阪版 昭和32年1957年)8月21日 水曜日 4版 3面
不良少年団 “新友会” 14人 挙る 朝鮮人で 組織

 朝鮮人ばかりの 不良少年グループ “新友会” を 調べていた 大阪府警 天王寺署 捜査本部では、21日までに 会長の 住所不定、無職 K少年(16歳)ら 14人を 逮捕した。“新友会” は 家出して 西成、飛田方面の 安宿を 転々と している 15歳から 19歳までの 朝鮮人 子弟 約 60人で 組織している 暴力団で、Kらは さる 4月 27日、桜宮スケートリンクで 高校生 3人に ジャックナイフを ちらつかせて 時計 3個(6千円)を とりあげたのを はじめ 現在までに 窃盗、恐喝、婦女暴行など 66件を 働いていた。









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    Excerpt: 色づき始めた銀杏並木、これから更に黄一色の美しい並木道の季節、写生の人も良く見かける京大農場です。撮 影 日  2008年11月19日撮影 場所  八丁畷町(地図)投 稿 者  あきやん ↓ランキング.. Weblog: 高槻のええとこブログ racked: 2008-11-22 10:55