Transition

アクセスカウンタ

help リーダーに追加 RSS 明治34年頃の北海道深川村の資料(人口など)

<<   作成日時 : 2008/01/23 16:16   >>

トラックバック 0 / コメント 0


第7章 深川村に 蚊が 発生する ことは あり得るか?

 蚊の 発生は、地、水、気の 三態に 著しい 関係が あるので、深川村に おける 地理 及び 気象の 概観を 記載する 必要が ある。

(1) 地理

 深川村(現在の北海道深川市)は、北海道 石狩国 雨竜郡の 南端に 位置し、
東南の 2面は 石狩川を 隔てて、上川郡に接し、
西は 雨竜川で 分けられ、
北方は 茫漠たる 雨竜原野に 接する。
村内に 六字 ある。
イチヤン」、
チツクシベツ」、
ヲサナンッケップ」、
モーセウス」、
メム
で ある。
戸数は、3212戸
人口は 1万4073名である

イチヤン」は、現在、屯田歩兵 第一大隊 本部と、同 第三 第四中隊の 所在地であり、同名 原野の 北方に 位置し、
近くは ニウシタップコップ山脈に 接し、
東は 直に ヲサナンッケップ原野に 接し、一條の 道路で、これに 通じている。
東南は、「イチヤン」市街地を 経て、「メム」原野に 隣接している。
東経 112度 北緯 43度 43分、標高 54 mである。
チツクシベツは 同 第一 第二中隊が 存在する所であり、同名 原野の 東南 つまり イチヤンの 北西 2里 8町の 所に 位置し、
東に、ニウシタップコップ山脈が あり、
西南に ヲホー大湿地があり、
北は、西本願寺農場に 接し、
東南方は 大湿地に 沿って、一條の 道路が イチヤンに 通じている。

 ヲサナンッケップは イチヤンから 東方 2里 15町であり、同 第五中隊の 所在地である。同名 原野の 東方に 偏在し、
東北方の ニウシタップコップ山脈と 南方の 石狩川との 間に 介在し、
西方に ヲサナンッケップ川があり、
中央に、ポロナイ川があり、共に、石狩川に 注ぐ。
土地は やや高く 海抜 55 mである。

 深川村の 地勢は、東北から 西南に 向かって 一般に 傾斜し、大小の 川や、小川が、この間に 流れ、共に 南下して、石狩川に注ぐ。したがって、いたる所に 沼地が 行潦(ろう)に 富み、特に ヲホー大湿地は 周囲の長さは おおかた 6里で あり、葦(あし)などが 繁茂している。山麓に 近い 地域は すべて 鬱蒼(うっそう)と した 森林であり、乾田(←原文では、「乾水田」と書かれていた。現在の発展途上国では、乾田より、湿田に、マラリアが流行しやすい。この頃の日本もそうだったのだろう。だから、わざわざ、乾田であることを言及したのだと思われる)が その間に ある。

 同 地方は、その 名を 雨竜原野と いい、石狩原野の 一部であり、古来 どうだったかは わからない。
明治 22年 始めて 官庁が 認めた所と なった。
同 23年、華族組合農場に 指定された。
翌 24年 道路が 開通した。
同年 長宮 某なる ものが メム原野に 居住したのを 内地 移住者の 嚆矢と して、
25年 以降 漸次 移住者が 増加し、
そこで、27年 4月 屯田歩兵 第一大隊は 兵屋 建築を 起工してから、始めて、市街地に 居住者が 現れ、
28年 屯田歩兵 設置 以来 着々 拓殖の 実を あげ、現時点で 既に 線路が 通じ、かつ、広々とした 水田を 見るに 至った。

(2) 気温

 屯田歩兵 第一大隊の 検測に よれば
平均 年温は 7℃ 4分で あり
最近 2年間の 最低 気温は 氷点下 24℃で あり
最近 2年間の 最高 気温は 40℃で ある。
そして、最近 2年間の 冬季の 平均気温は 氷点下 6℃ 9分であり
最近 2年間の 夏季の 平均気温は 21℃ 7分であり
年間で、15℃以上の 気温で ある 時期は 5月下旬〜10月 中旬である。
すなわち、下表の 通りで ある。

第6表 深川村に おける 最近 2年間 気温表


最近 2年間の 冬季の 平均気温: 氷点下 6℃ 9分

最近 2年間の 12月の 平均気温: 氷点下 4℃ 3分
最近 2年間の 12月の 最高気温: 10℃ 0分
最近 2年間の 12月の 最低気温: 氷点下 23℃ 0分
最近 2年間の 12月の 雨雲日数: 16日


最近 2年間の 1月の 平均気温: 氷点下 8℃ 4分
最近 2年間の 1月の 最高気温: 11℃ 0分
最近 2年間の 1月の 最低気温: 氷点下 24℃ 0分
最近 2年間の 1月の 雨雲日数: 17日


最近 2年間の 2月の 平均気温: 氷点下 7℃ 9分
最近 2年間の 2月の 最高気温: 12℃ 0分
最近 2年間の 2月の 最低気温: 氷点下 22℃ 0分
最近 2年間の 2月の 雨雲日数: 6日



最近 2年間の 春の 平均気温: 4℃ 6分

最近 2年間の 3月の 平均気温: 氷点下 3℃ 8分
最近 2年間の 3月の 最高気温: 16℃ 0分
最近 2年間の 3月の 最低気温: 氷点下 15℃ 0分
最近 2年間の 3月の 雨雲日数: 10日


最近 2年間の 4月の 平均気温: 6℃ 9分
最近 2年間の 4月の 最高気温: 23℃ 0分
最近 2年間の 4月の 最低気温: 氷点下 14℃ 0分
最近 2年間の 4月の 雨雲日数: 9日


最近 2年間の 5月の 平均気温: 10℃ 7分
最近 2年間の 5月の 最高気温: 34℃ 0分
最近 2年間の 5月の 最低気温: 1℃ 0分
最近 2年間の 5月の 雨雲日数: 5日



最近 2年間の 夏季の 平均気温: 21℃ 7分

最近 2年間の 6月の 平均気温: 18℃ 3分
最近 2年間の 6月の 最高気温: 38℃ 0分
最近 2年間の 6月の 最低気温: 2℃ 0分
最近 2年間の 6月の 雨雲日数: 7日


最近 2年間の 7月の 平均気温: 22℃ 6分
最近 2年間の 7月の 最高気温: 40℃ 0分
最近 2年間の 7月の 最低気温: 7℃ 0分
最近 2年間の 7月の 雨雲日数: 10日


最近 2年間の 8月の 平均気温: 24℃ 1分
最近 2年間の 8月の 最高気温: 39℃ 0分
最近 2年間の 8月の 最低気温: 10℃ 0分
最近 2年間の 8月の 雨雲日数: 15日



最近 2年間の 秋の 平均気温: 10℃ 2分

最近 2年間の 9月の 平均気温: 16℃ 8分
最近 2年間の 9月の 最高気温: 35℃ 0分
最近 2年間の 9月の 最低気温: 1℃ 0分
最近 2年間の 9月の 雨雲日数: 8日


最近 2年間の 10月の 平均気温: 10℃ 0分
最近 2年間の 10月の 最高気温: 24℃ 0分
最近 2年間の 10月の 最低気温: 氷点下 7℃ 0分
最近 2年間の 10月の 雨雲日数: 14日


最近 2年間の 11月の 平均気温: 3℃ 9分
最近 2年間の 11月の 最高気温: 17℃ 0分
最近 2年間の 11月の 最低気温: 氷点下 6℃ 0分
(←原表では、「一六、〇」と記載されていたが、常識で考えて、最高気温と最低気温の差が1℃しかないのは、あり得ないので、誤植と考えた
最近 2年間の 11月の 雨雲日数: 21日


最近2年間の 全年の 平均 気温:7℃ 4分
最近2年間の 全年の 最高 気温:40℃ 0分
最近2年間の 全年の 最低 気温:氷点下 24℃ 0分
最近2年間の 全年の 雨雲日数:138日

(←原表では、「雨雲日数」と書かれていたが、雪の雲の日数も含まれると推測される。ちなみに、北海道 深川市の に 位置する 北海道 旭川市の 最高気温は、1989年(平成元年 8月 7日に 観測された 36.0℃で あり、最低気温は、1902年(明治35年1月 25日に 観測された 氷点下 41.0℃で ある)(←統計開始年が 1888年であり、気象官署で 測定された 旭川市の 出典は、『理科年表 平成20年版机上版)』(発行所:丸善株式会社。編著者:自然科学研究機構 国立天文台 代表者台長 観山正見。平成19年11月30日発行。ISBN:9784621079034)p 186の『気温の最高および最低記録 (1) (統計開始から2006年まで)』である

(3) 雨雲

 雨雲日は 上表の通り
11月>1月>12月>8月>10月>(3月 , 7月)>4月>9月>6月>2月>5月

であった。雨量は 調査してないが、冬季に おける 積雪量は、他の地方より 多いようだ。

(4) 風

 風向は
冬季は おおむね 北西風であり
夏季は 南 または 南東風で ある。
風力は 他の 地方より やや 弱い。それは、周囲に 樹林が あって、風が さえぎられるからであろう。

 下記に 蚊の 発生に 適した 条件を 挙げる。

(1) 蚊の 産卵場所として かれる ことの ない 池を 必要と する。特に ハマダラカに おいては、水は やや 清明で ある ことを 必要と する。

(2) 水草、つまり、葦(あし)、芹(せり)(←セリ科の 多年草。湿地 または 水辺地に 生える)、稲などが 繁茂しているのを 必要とする。

(3) 適度の 気温を 必要と する。

(4) 蚊の 潜伏場所と して 付近に 樹林 または 叢(くさむら)を 必要と する。

(5) 風力が 強くないのを 必要と する。


 上記 深川村の 地理・気象、蚊 発生に 必要な 条件を 考えると、夏季の 深川村に おいて 蚊が 発生する 条件は 満たされていると いうべきで ある。

第8章 深川村に おいて 蚊が マラリア原虫を 伝播する 条件を 備えているか?

 深川村では、蚊 特に ハマダラカが 多数、発見されるのは 7月、8月の 頃に 最も多く、室内に おいて、50匹〜60匹を 捕獲することは、難しいことでは ない。しかし、一般的に 兵民は 蚊に 対し、無関心(←原文では、「冷淡」と書かれていたが、文脈から、こう解釈した)で あり、その 著しく 蔓延する 季節でも、なお、蚊帳を 使用しない者が 多い。兵民が 無知であり、蚊の 恐るべき 害を 知らないから、そうすると いう面も ある。しかし、それ以上に ハマダラカ 侵襲の 方法が 狡猾だからで ある。つまり、普通の 蚊(Culex)は 薄暮に なると、集まり、群れを作って、屋内に 闖入し、夜、冷えると、ようやく、刺しては、影に、潜むのを 常と するが、ハマダラカでは、そうではない。つまり、それが 人を 襲うとき、群れを 作らない。日没後、徐々に 巣窟を 出て、個々人の 寝室を 襲い、深夜に 至るまで、さまよい、空腹を 満たさない限り、去らない。そして、それが 人を 襲うのは 迅速であり、一瞬の 隙に 乗じて、吸血する。そして、人が 掻痒を 感じ、追い払おうと するときには、既に ハマダラカは 飽食後である。これが 人が 深く、気にしない理由で あり、また、蚊が 容易に マラリア原虫を 採り、容易に 人に 感染させる理由で ある。

 深川の 兵民は 蚊に 対してだけ 無関心で あるわけで なく、マラリアに 対しても また、深く 懸念しないように 思われる。つまり、発病の 初め、発作が 不定型で あるときは、往々にして、これを 放置して 治癒を 自然に 任せるか、または、わずかな間、売薬を 服用して、症状を おさえるのを 試み、ようやく 発作を 重ねてから、初めて、診察を 頼む 者が 多い。住民の マラリアに 対する 認識は このような もので あるので、患者の 屋内に 発見する ハマダラカの 体内に マラリア原虫が 存在することが 多い。もちろん、それらは、その患者由来の マラリア原虫で ある。要するに 患者が マラリアを 軽視するから、蚊が 容易に マラリア原虫を 取り込む。そして、その 蚊に 無関心であるから、蚊は 自在に マラリア原虫を 人体に 感染させる。これが 深川に おける マラリア 流行の 主因で ある。


深川村では、蚊 特に ハマダラカが 多数、発見されるのは 7月、8月の 頃に 最も多く、室内に おいて、50匹〜60匹を 捕獲することは、難しいことでは ない

と 訳したが、原文には
深川村ニ 於テハ 蚊 殊ニ 「アノフェーレス」多数ニ 発見セラレ 七 八月ノ 候 最モ 多ク 室内ニ 於テ 五 六〇頭ヲ 捕獲スル ¬ 難カラス

と 記載されていた。これを読んで
土着マラリアが 流行する 地域では、一般的に、住居の 構造が 劣悪で あり、住民は 夜間、多数の ハマダラカ(←例:50匹〜60匹の ハマダラカ)に 刺されているのでは ないか ?

と、私が 思ったのは、いうまでも ない。

 この 点に 関しては、私が 書いた ブログ記事で ある
http://supplementary.at.webry.info/200712/article_1.html
の 国立 感染症 研究所 部長 倉根 一朗 氏や、岡山大学 医歯薬総合研究科 特任教授 竹田 美文 氏の 見解も 参照。

都築甚之助、大町文興著『我邦ニ於ケル麻刺里亜蚊伝搬ノ証明』英蘭堂書店。1901年(明治34)10月29日発行(2008年1月21日現在、国立国会図書館の『近代デジタルライブラリー』で閲覧可能)p 20-23の第7章、第8章を私が口語に訳したものを上記に載せた。なお、著作権の保護期間がきれているので、上記は転載自由とする。

なお
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B7%B1%E5%B7%9D%E5%B8%82
の『深川市』の『沿革』も参照。


 

設定テーマ

関連テーマ 一覧

月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文