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help RSS 昭和28年1月頃の興味深い新聞記事など その3(米軍用の照明弾製造、道路で服毒など)

<<   作成日時 : 2007/12/13 20:33   >>

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朝日新聞 夕刊 東京版 昭和28年1953年)1月11日 日曜日 3版 3面
トラック 家に 飛込む

川崎 発】 11日 朝 9時ごろ 東京都 江東区 亀戸 K原 T司(18歳男性)は トラックを 運転、川崎市 二子 121で 子供を 避けようと して 運転を 誤り 同番地 無職 T橋 K吉さん(男性)方に 突込み、土間に いた 長男の 高津 小学校 教員 S男さん(24歳) を はね、家屋 5坪を 壊した。S男さんは 3カ月の 重傷。


 上記新聞記事では、子供を避けようとして運転を誤った結果、交通事故を起こしている。それでは、現代では、どのような運転が、模範的なのかを知りたかったら、私が書いたブログ記事であるが、下記ブログ記事を参照。
http://supplementary.at.webry.info/200707/article_3.html

朝日新聞 夕刊 東京版 昭和28年1953年)1月11日 日曜日 3版 3面
助手が 即死  酔払い運転で

 11日 午前 3時ごろ 東京都 品川区 豊町、M喜 交通の I 森 E作 運転手(47歳男性)は 酔っ払って 新宿区 新宿 2 ノ 7 先を 運転中、安全燈に ぶつかり、助手の 港区 麻布本村町 S藤 T朗さん(38歳男性)は 即死、I 森は 胸に 2週間の 負傷。


朝日新聞 夕刊 東京版 昭和28年1953年)1月11日 日曜日 3版 3面
外人の 短銃強盗  立川で 1万 5千円 奪う

立川 発】 10日 夜 10時半ごろ 立川市 曙町 K林 N子さん(40歳女性)方に 茶色ジャンパーを 着た 強盗が 入り、英語で
金を 出せ。

と おどし、N子さんが
ノー

と 断ると いきなり 短銃 1発を 発射、家人が 立ちすくむ スキに 押入を 物色、現金 1万 5千円を 奪って 逃げたと 立川市署に 届出た。

 11日 朝 同署が 現場を 調べたところ、押入の 戸を 撃ち抜いた ピストルの 弾跡と、付近に その 鉛弾 1発が 落ちていた。

 居合わせた 女中 S藤 A子さん(20歳)は
22, 3歳の 外人兵に 間違いない。

と いっており、市署で 基地 MPに 連絡した。


朝日新聞 夕刊 東京版 昭和28年1953年)1月11日 日曜日 3版 3面
自殺か 河原に 死体

八王子 発】 10日 正午ごろ 東京都 南多摩郡 日野町の 中央線 多摩川 鉄橋下の 河原に 杉並区 井萩 D印刷 会社員 N垣 S朗さん(21歳男性)の 変死体が 発見された。日野 地区署の 調べでは 死後 1週間を 経ており、青酸カリを のんで 自殺したらしい。


朝日新聞 夕刊 東京版 昭和28年1953年)1月12日 月曜日 3版 3面
アベック 盗まる  藤沢の 旅館に 強盗

藤沢 発】 12日 朝 5時 20分ごろ 藤沢駅前 角 W松旅館の 泊り客、東京都 豊島区 椎名町 学生 D口 Y夫 君(23歳男性)と Y岡 S子さん(21歳女性)の 部屋へ 25, 6歳、紺の 背広、黒の オーバー、茶の ラバソールの 賊が 侵入、S子さんの 2500円入り ハンドバッグを 盗み、Y夫 君に みつかると ピストルらしい ものを つきつけ
騒ぐと 殺すぞ。

と 脅して 逃げた。


 昭和28年1月頃の東京都には、旅館に宿泊する金銭的余裕と、時間的余裕のある学生のアベックが存在したことがわかる。

朝日新聞 夕刊 東京版 昭和28年1953年)1月12日 月曜日 3版 3面
大車輪の 照明弾 製造  米軍の 注文で 夜昼なしに

○・・・ 戦闘帽姿の 工員さんの 弾造り ー 決して 戦時中の 写真では ありません。横浜の ある 工場が 米軍から 81_ 照明弾の 注文を 受け、納期の 2月を 前に 夜も 昼も ない 風景で ある。

○・・・ もともと 兵器専門だった この 工場には、かつての エキスパートが 全工員の 半数以上を 占めて いるだけに 勇躍 工作機械の ホコリを 払ったと いう。注文は しめて 1億 9千万円ばかりだそうだが
検査は オソロしく 厳重で ・・・
と、複雑な “特需感想”で あった。

(←写真を貼ろうとしたが、貼ることができなかった

 上記新聞記事を読んで、昭和28年1月は、特需景気のため、景気が良かったと勘違いする読者もいるかもしれないので、補足する。

私が書いたブログ記事である
http://supplementary.at.webry.info/200704/article_18.html
の『新編 新しい社会 公民』(中学校社会科用文部科学省検定済教科書。発行者:東京書籍株式会社。平成17年3月30日検定済。平成18年2月1日印刷。平成18年2月10日発行。教科書番号:2 東書 公民909。ISBN:4487120438)p 135の『戦後の日本の景気循環』によれば
特需景気の谷は、1951年(昭和26年)10月であり、投資景気の山は、1954年(昭和29年)1月であるので、上記新聞記事の書かれた1953年(昭和28年)1月は、特需景気で、景気が良かったのではなく、投資景気のため、景気が良かったのである

朝日新聞 東京版 夕刊 昭和28年1953年)1月12日 月曜日 3版 3面
女工さん 圧死 エレベーターの 下敷き

 11日 午後 3時 15分ごろ 東京都 渋谷区 新橋町 女工員 M木 M さん(16歳女性)は、勤め先の 同町 S久間ドロップ工場 1階の 製品運搬用 エレベーターの 入口で 作業中 ワイヤロープが 切れ 2階から 落ちて きた エレベーターの 下敷きと なり 即死した。


朝日新聞 東京版 夕刊 昭和28年1953年)1月12日 月曜日 3版 3面
神社の 銅カワラを はがす 男

 12日 午前 3時すぎ 東京都 新宿区 十二社 K野神社の 屋根に 上り、銅の カワラを はがしている 男 2人を 神主 見習の T田 M邦 君(19歳男性)が 発見、パトロールの 淀橋署員に 協力 1人を 捕えた。調べに よると この 男は 同区 花園 トビ職 S崎 M己(25歳男性)で 逃げた 男と 2人で 銅カワラ 約 5坪 約 10万円を はがしていた。


朝日新聞 東京版 夕刊 昭和28年1953年)1月12日 月曜日 3版 3面
家出の 工員 鉄道自殺 前夜も 自宅で 未遂

浦和 発】 12日 朝 7時ごろ 国電 与野 ― 北浦和間で 30歳ぐらい、紺ガスリ、メリヤスシャツを 着た 男の 首の ない 鉄道死体が あるのを 鉄道員が 発見、浦和市署で 調べたところ、与野町 下町 O子 重工業 工員 K原 H蔵さん(27歳男性)と 判った。前夜 9時ごろ 自宅で 自殺を はかったが 発見され 果さず 行方不明と なり、家人が 探して いた もの。


朝日新聞 東京版 夕刊 昭和28年1953年)1月13日 火曜日 3版 3面
山陰に 猛吹雪

大阪 発】 12日 夜から 13日 朝に かけて 鳥取、島根などの 裏日本 一帯に 猛吹雪が 襲い、国鉄ダイヤは 大混乱し 電信 電話も 不通と なった。13日 正午 現在 国鉄 関西 総支配人室に 入った 連絡に よると この 吹雪で 福知山、山陰 両線の 列車は 各所に 立往生、各列車は 1時間前後 遅れている。

 また 大阪市外電話局 設備課の 調査に よると、この 吹雪の ため 大阪から 鳥取、米子、豊岡への 電話線 10回線が 12日 夜 7時ごろから 不通と なり 13日 正午 現在 回復の 見込みは 立っていない。


朝日新聞 東京版 夕刊 昭和28年1953年)1月13日 火曜日 3版 3面
東海道線に 初の ラッセル車

名古屋 発】 12日 夜 来の 降雪は 名鉄局 調べに よると 13日 午前 10時 現在、東海道線 関ヶ原、柏原駅付近は 猛吹雪で 各 30 a、米原は 10 aに 達した。このため 関ヶ原の 坂は 貨物列車 通行に 支障を 来し、上り 164 列車(吹田 発 新鶴見 行) 下り 465 列車(稲沢 発 吹田 行)が 午前 8時から いずれも 20両 減車を 行っている。このため 名鉄局では 午後 2時から 東海道線で 今冬 初の ラッセル車を 大垣、米原 間に 出動させた。


朝日新聞 東京版 夕刊 昭和28年1953年)1月13日 火曜日 3版 3面
青森地方に 猛吹雪

青森 発】 12日 夜から 13日に かけ 青森県下 一帯は 猛吹雪に なり、青森 測候所の 調べに よると、地上の 最大風速 約 17 b、津軽海峡では 20 b 以上にも 達し、青函連絡船は 一部 欠航、東北、奥羽 両線の 列車も 雪の ため 脱線したり、1時間 前後も 遅れた。


朝日新聞 東京版 夕刊 昭和28年1953年)1月13日 火曜日 3版 3面
ショウチュウで 窒息死

 12日 夜 11時すぎ、東京都 新宿区 新宿 4 ノ 21 路上に 寝ていた 酔っぱらい を 四谷署員が 同署で 保護していたところ、間もなく 死んだ。調べると 武蔵野市 吉祥寺、会社員 A山 H聡さん(24歳男性)で ショウチュウ 1升余りを 飲み、あげたのが 気管支に つまり 窒息死したものと 判った。


 一般的には、路上に寝るのは、交通の邪魔であるので、迷惑である。

朝日新聞 東京版 夕刊 昭和28年1953年)1月13日 火曜日 3版 3面
道路で 服毒

大宮 発】 12日 夜 11時半ごろ 大宮市 大成町の 道路上で 若い 男が 苦しんでいた。毒を 飲んだらしく 重体。持っていた 定期券から 東京都 豊島区 西巣鴨町 時計工 S瀬 T麿さん(20歳男性)と 見られる。


 一般的には、路上で、毒薬を飲んで、自殺するのは、交通の邪魔であるので、迷惑である。

朝日新聞 東京版 夕刊 昭和28年1953年)1月14日 水曜日 3版 3面
ダイヤ混乱 続く 東海道線

 13日 夜の 東海道線 関ヶ原付近の 大雪の ため 14日 朝 東京駅着の 上り長距離列車は いずれも 3時間内外 遅れた。このため 急行 “安芸”、“銀河”、“明星”などは 規定の 2時間を 超えて いずれも 急行券の 払い戻しを 行った。

名古屋 発】 名鉄局では 降雪による 混乱した ダイヤを 調整し、主要列車を 優先するため 14日 午前 6時 名古屋発 東京行 330列車と 名古屋発 豊橋行 快走 914, 915の 2列車を 運休、さらに 米原 午前 5時 20分発 東京行 列車は 米原 ー 名古屋間も 運休した。


長浜 発】 東海道線 米原 ー 関ヶ原間は 13日 終日 降り続いた 猛吹雪のため 50 センチから 80 センチの 雪に 埋まり、米原駅構内では 120ヶ所の 転換機は 13日 午後 5時半ごろ ポイントの 切換えが 困難となり、上下各列車は 彦根、醒ヶ井、長浜 各駅で 立往生、このため 上下各列車は 4時間から 75分の 遅発着となった。14日 午前10時現在 雪は 止んだ。


朝日新聞 東京版 夕刊 昭和28年1953年)1月14日 水曜日 3版 3面
ピストル暴発 巡査が 重体

 14日 正午ごろ 東京都 杉並区 成宗 1 ノ 275 杉並署 旭寮で 同署 M橋 Y博 巡査(24歳男性)は ピストルを つける 際、誤って 暴発、同僚の S川 T勇 巡査(22歳男性)の 胸部を 貫通、近くの 河北病院に 収容したが 重体。


朝日新聞 東京版 昭和28年1953年)1月15日 木曜日 12版 7面
青函連絡船は 復旧

青森 発】 猛吹雪で 荒れた 津軽海峡は 14日 夕刻から 次第に 風が おさまり、青函連絡船は 全部 復旧、15日は 第1便が 所定通り 運行する 見込み。また 各列車の 青森 発も ほとんど 平常通りに 復した。


朝日新聞 東京版 昭和28年1953年)1月15日 木曜日 12版 7面
払いもどし 100万円 急行料金 東海道・東北の 雪で

 13日 夜から 関西地方を 襲った 吹雪の ため 東海道線は 昭和 19年以来の 雪害に よる ダイヤの 混乱を みせ、14日 東京駅 着の 特急 「はと」 が 1時間 23分 遅れたのを はじめ 東京駅 着の 急行 6本が 2時間以上 遅れた ため、午後 6時までに 東京駅では 71万円、東鉄管内 全部では 約 100万円の 急行料金の 払いもどしを 行った。

 午後 4時半、再び 関ヶ原駅(岐阜、滋賀 両県境)付近は 猛吹雪と なり、同地で 下り特急 「はと」 を はじめ 各長距離列車が 一時 立往生、同夜 10時 現在、各列車とも 4, 5時間 遅れて いる。
 
 また 東北、北海道方面も 雪害の ため 東北本線は 青森 発 上野 行 116 列車が 6時間 遅れて 着いたほか、各列車も 平均 1時間前後 遅れた。同線でも 急行 「北斗」が 2時間 50分 遅れて 上野に 着いた ため 2万余円の 急行 払いもどしを 行った。


朝日新聞 東京版 昭和28年1953年)1月15日 木曜日 12版 7面
梅 ほころぶ 

 都内にも 梅が ほころび 初め 早くも 近づく 春の 足音が ほのかに 聞えて 来た。文京区の 六義園では、梅の 中でも 一番 早咲きと いわれる ロウ梅が 14日、例年よりも 1週間も 早く 咲き出して、園内に ゆかしい 香りを ただよわせて いる。

まあ、梅の 花 ・・・ 春遠からじネ

ー ささやく 乙女たちの ホオを なでる 風は まだ つめたい。


http://www.minabe.net/gaku/hana/kaikazensen.html
には
梅は百花に先駆けて咲き、桜などに比べ休眠が浅いために、開花時期が天候によって大きく左右されます。
 高温・適湿・多照の年は開花時期が早まり、乾燥の激しい年や気温の低い年はやや遅くなります

と書かれていた。昭和28年1月27日頃の北海道では、寒さでは20余年、降雪量では50余年ぶりという厳寒であったのに、東京都文京区では、梅の開花が、早まるという暖冬だったのだろうか? 
日本列島というものは、さまざまな地域があるな〜

と感じた。
 比較のため、下記に、昭和28年1月27日の北海道の厳寒がわかる新聞記事を載せる。

朝日新聞 東京版 昭和28年1953年)1月27日 火曜日 12版 7面 お国だより
帯広に 金魚売り

 寒さでは 20余年、降雪量で 50余年ぶりと いう 北海道は 帯広 〜セルフコピーのミスのため、判読できなかった
の 叫び声。季節はずれの 金魚やさん。
寒いので、どこでも 昼夜を とわず 石炭を たいてい 〜セルフコピーのミスのため、判読できなかった

セルフコピーのミスのため、判読できなかった〜 金魚を 売るの 弁を 一くさり


念のため、書くが
ひとくさり:ひときり。一段落。一席。

という意味である。

朝日新聞 東京版 昭和28年1953年)1月15日 木曜日 12版 7面
トンちゃん 登場 あすの 紙上から 連載

 好評を 頂きました 「サザエさん」は 筆者の 健康上 しばらく 休載します。

 代って 明日から 矢崎 武子さんの 「トンちゃん」を 連載します。トンちゃんは 17歳の 朗らかな 女中さんで 6人家族の 家庭に 働いています。どんな ユーモアを 生みだしますか、御愛読を 願います。


 昭和28年1月頃の東京では、17歳の女中が珍しくなかったのではないかという気がしてくる。

朝日新聞 東京版 昭和28年1953年)1月15日 木曜日 12版 7面
助教授 夫人の 家出

 東京都 文京区 駒込西片町 東大 医学部 助教授 S々木 H 氏 夫人 H子さん(42歳)は、さる 12月 23日 午後 3時ごろ
子供たちの クリスマス・プレゼントを 買って 来る。

と 家を 出たまま 帰らないので、家人から 警視庁に 捜索願を 出した。家を 出る 時、付近の 薬屋で 睡眠薬を 買った 事実も 判り、自殺の 心配も あると いう。

 S々木 氏は
家出の 動機は 全然 考えられぬ。9月に 実母を 失ってから 多少 不眠症に かかって いたが、それも 大した ことは ないので 別に 気に とめて いなかった。

と いって いる。


 昭和28年 1月頃の 東京大学 医学部 助教授の 家庭には、子供たちにクリスマス・プレゼントを与える風習があったことがわかる。

朝日新聞 東京版 昭和28年1953年)1月15日 木曜日 12版 7面
結婚出来ず 熱海で 心中 

熱海 発】 14日 午後 3時ごろ 熱海市 和田山付近の 雑木林に 心中死体が あるのを 通行人が 発見した。同市署の 調べに よると 東京都 文京区 駒込神明町 洋裁業 M山 M広さん(25歳男性)と 埼玉県 大宮市 M橋 K子さん(25歳女性)らしい。

 2人は 同じ 職場で 知り合ったが 結婚できぬのを 悲しみ 去る 11日 家出して いた もの。


朝日新聞 東京版 昭和28年1953年)1月15日 木曜日 12版 7面
新宿で 火事 1名 焼死

 14日 夜 7時 30分ごろ 東京都 新宿区 新宿 2 ノ 75 時計商 照美堂 N島 H次さん(男性)方 2階から 出火、両隣りの 古谷 楽器店と 新宿 場外馬券 売場に 燃え移り、いずれも 2階建 木造 3むね 約 120 坪を 全焼、同 8時 10分 鎮火した。馬券売場の 隣りに ある 映画館 「新宿東映」 では 直ちに 映画を 中止、マイクで
1 ` 近くに 火事が ある。

と 伝え 観客 約 800人を 静かに 退場させた

 ところが 火事は 新宿 都電通りで 盛り場の 真中と あって、これが たちまち ヤジ馬に 変り 都電、都バスとも 新宿 2丁目で 運転を 中止、消防自動車 30数台が 消火に 当って ごった返した。

 出火した N島さん方の 2階で 留守番を して いた K平 Mさん(46歳女性)は 同 9時 同家の 台所で 焼死体と なって 発見された。原因に ついて 四谷署で 調べて いる。


朝日新聞 東京版 昭和28年1953年)1月15日 木曜日 12版 7面
成人の 日』を 意義ある 日に 家庭で お祝い、職場では 昇給など

 きょう 15日は 成人の 日、今年 お祝いの 言葉を 贈られる 満 20歳の 成年男女は 総理府の 統計では 全国で 170万 2千人に 上る。この 祝日が 制定されてから 今度で 5回目、今年も 東京都と 都教委が 正午から 東京 神田の 共立講堂で 開く 「成人の 日の 集い」の ほか、全国各地で いろいろの 催しが 開かれる。だが どれも 都道府県など 地方自治体や 教育委員会などが 主催する いわば 公の 会が ほとんどで、こどもの 日や クリスマスに 比べると まだ 抽象的な 祝日の 感が 深く 家庭や 会社、大学などに うまく 活用されず、せっかくの 成人の 日を 普通の 休日と して 空しく 過ごして しまう 人が 多いと いう。そこで、成人の 日に 具体性を 持たせる 方法を 心理学者の 青木 誠四郎 氏と 社会評論家の 神崎 清 氏に きいて みた。

 ◇ 青木 誠四郎 氏の 提案

家庭でも クリスマスの ような お祝いを すべきだ。お赤飯を たくことも 1つの 方法だが お祝いの 席上 成年を 迎えた 若い 人たちに 自分の 独立を 認めさせねば ならない。親の 考え方を 中心に 成年者を 指図するような いき方は いけない。
一人前に なったのだから 働け ー

と いった いい方を する 親が 多い のだが あれは 最も いけない。地方では 昔からの 伝統で 独特の 成年式を やって いる ところが 多いが、風習に 流れて しまって いる。農村の 青年たちは 成年式後でも 本当の 独立を して いない。形式より 心から 独立させるよう 仕向けなければ 意味が 無いのだ。


◇ 神崎 清 氏の 提案

職場では 満 20歳の お祝いに 15日、昇給させる。学校では この 日に 学長が 「記念講演」を 行う。家庭では 一生 一度の 大誕生日と して お祝いの 催しを やる。こうした 具体的な 贈りもので 成年を 迎えた 人たちに 自由と 責任を 認めさせ、持って いる 力を フルに 発揮させるように したい。


朝日新聞 東京版 昭和28年1953年)1月15日 木曜日 12版 7面 青鉛筆
15日から 国鉄の 運賃が 上ったので、私の 方が 安く なりました。

と 日航が 宣伝して いる。

汽車の 特急 一等や 一等 寝台で 大阪へ 行くと 飛行機 運賃と ほとんど 同じだが、アベックで 行くと 空の 方が 安く なる

▽ 日航が 大阪 行 定期に 限り 同伴の 夫人だけ 3割引の サービスを して いるからで、空は 2人で 1万 2千円の ところ 1万 200円。陸は 特急 一等 2人で 1万 560円。
早いうえに 360円 もうかります。










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