昭和28年1月頃の興味深い新聞記事など その1(スキー・リフト事故など)
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作成日時 : 2007/12/10 16:19
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朝日新聞 東京版 昭和28年(1953年)1月1日 木曜日 12版 15面
飲屋の 女主人 殺さる 池上 邪推した 夫の 犯行
31日 午前 11時ごろ 東京都 大田区 池上徳持町69, 東急池上線 池上駅前 飲食街 飲み屋 「いずみ」 女将 T石 H さん(40歳女性)が 2階で 絞殺されているのを 家人が 発見した。池上署では 早朝から 姿を 消した Hさんの 夫、無職 T石 H 朗(46歳男性)を 容疑者として 指名手配中、同夜 7時 50分ごろ 上野公園入口を 酔って 歩いていた H 朗を 上野署員が 職務質問から 逮捕、犯行を 自供したので 殺人容疑で 池上署に 留置した。
自供に よると、H 朗は 飲み屋を 経営してから 派手に なった 妻 H さんが 情夫を 作って 去る 29日 別れ話を 持ち出したので 大みそかの 朝 H さんを 殺して 家を 出、大宮、浦和、有楽町、上野と 死場所を 探し歩いたと いう。午後 2時ごろ 自首するため 警視庁へ 出頭したが、なれない 宿直員に つき返された と いう 一幕も あったと いう。
朝日新聞 東京版 昭和28年(1953年)1月4日 日曜日 12版 7面
スキー・リフトで 初事故 逆降下し 14名 死傷
定員の 超過で 滑車の 支針が 折れる
【新潟発】 3日 朝 10時ごろ 新潟県 南魚沼郡 湯沢村、越後湯沢温泉 熊野堂地内 通称 S平スキー場に ある S内スキー施設会社 =社長 T橋 T朗 氏(男性)= の スキー・リフト(長さ 180 b)に スキーヤー 14名を 乗せて 約 50 b 登ったところ 終点の 滑車の支針が 突然 折れ、滑車が カラ回りしたため、箱が ものすごい 早さで 始点に 逆もどりして 支柱と 雪上に 激突、乗っていた 野田市 山崎 H田 M男さん(25歳男性)、東京都 江戸川区 小岩町 学芸大学 4年生 、N村 K子さん(20歳女性)、東京都 千代田区 神田豊島町 H藤 商店 事務員 T中 Y子さん(24歳女性) =江戸川区 小岩町 = の 3人が 重傷を 負い、H田さんは 午後 4時半、T中さんは 同 7時半 死亡したほか 11名が 10日から 20日位の 打撲傷を 負い、同村 開医院に 収容、手当を 受けている。
終点の 滑車の 支針が 折れたのは 定員 8名の ところへ 14名が 乗った ので その 重みで 折れたものと 六日町地区署では 見ている。同社の スキー・リフト係 同村 T橋 S治(31歳男性)を 業務上過失傷害の 疑いで 取調中で あるが、スキー場に おける このような リフト事故は 初めてと されている。
負傷者 次の 通り。
▽ 軽傷者
東京都 千代田区 神田豊島町 I 塚 T治(21歳男性)、
同 H野 S(13歳男性)、
同 T島 K子(23歳女性)、
同 H野 J子(38歳女性)、
高崎市 飯塚町 A津 K子(11歳女性)、
東京都 江戸川区 小岩 Y田 K雄(30歳男性)、
東京都 文京区 大塚坂下町 S橋 K(21歳女性)、
川口市 青木町 Y路 潤(26歳)(←名前からは、性別が判別できなかったので、やむを得なく、名前を原文通り、載せた)、
川口市 中町 H寿 S(21歳男性)、
東京都 大田区 ×谷町(←IMEパッドに載ってない漢字だった) Y沢 M常(27歳男性)、
湯沢村 熊野堂 O川 T孝(年齢不明)(男性)
昭和28年頃1月頃の東京都民などの中には、遠方の新潟県にあるスキー場で、スキーをする金銭的余裕、時間的余裕のある人々が、結構、いたことが、上記新聞記事から、わかる。
朝日新聞 東京版 昭和28年(1953年)1月6日 火曜日 12版 7面
無許可で 営業 事故を 起した リフト
【新潟 発】 3日 朝 新潟県 南魚沼郡 越後湯沢温泉 S平スキー場で 支針が 折れて 逆行したため 14名の 死傷者を 出した 問題の スキー・リフトに ついて、新潟 陸運局が 調べたところ、同 リフトは S平スキー開発土地組合(代表者 T橋 T朗 氏(男性))が 26年 暮 自家用の 専用索道と して 申請し 許可されたもので 乗客を 運ぶための 正式の 認可を 得たもので ない ことが わかった。
同局の 話では
乗客用に 認可してある スキー・リフトなら 支針が 折れても 逆行することなく、そのまま 止ってしまう 仕組に なっている。
と いう。同局では 6日 T橋 氏 らを 呼んで 事情を 聞いた うえで 処分するが
事故が 起るまで 無許可の 営業を 知らなかったのは こちらも ウカツだった。
と いって いる。
朝日新聞 東京版 昭和28年(1953年)1月7日 水曜日 12版 7面
娘さん “死の 家出” リフト事故で 愛人 失い
さる 3日、新潟県 湯沢スキー場の リフトの 事故で 死んだ 鉄道弘済会 上野営業所員 H田 M男さん(25歳男性)の 婚約者 同所員 K宮 M代(21歳女性)は
自殺する。
と 遺書、行方不明に なった。
と 6日 夜、実兄の 鉄道員 K宮 N之さんが 東京 四谷署へ 届出た。
朝日新聞 東京版 昭和28年(1953年)1月15日 木曜日 12版 7面
撤去を 命令 事故の リフト
【新潟 発】 去る 3日 新潟県 南魚沼郡 越後湯沢温泉 S平で スキー・リフト(経営者 S平スキー場 開発土地組合 T橋 T朗 氏)が 逆行、スキー客 14名の 死傷者を 出した 事件に ついて 運輸省 新潟 陸運局で 事故原因など 調べていたが、14日 同省令 索道 規則に より 専用索道の 許可を 即時取消し、施設は 2ヵ月以内に 撤去することを 命令した。
朝日新聞 東京版 昭和28年(1953年)1月4日 日曜日 12版 7面
姉妹 はねられて 死傷 年始回りの 帰りに
3日 午後 2時ごろ 東京都 豊島区 池袋 無職 S山 Tね さん(女性)長女 S子さん(14歳)は 妹の M好ちゃん(8歳)と 親戚から 年始の 帰りに、板橋区 9 ノ 1781 東上線 踏切りで 上り電車の 通過直後、横切ろうと して 下り 寄居行 電車 =S田 H三 運転士(23歳男性)= に はねられ M好ちゃんは 即死、S子さんは 都立 豊島病院に 収容されたが、左腕骨折、顔面裂傷で 重体。
左腕骨折、顔面裂傷で 重体
という記載が、不思議だったので、このブログ記事に載せた。頭部外傷で重体であれば、特に、不思議なことではないのだが。
朝日新聞 東京版 昭和28年(1953年)1月4日 日曜日 12版 7面
下宿で 心中 はかる
3日 午後 4時 40分ごろ、東京都 品川区 平塚 W辺 T子さん(女性)方 四畳半で 下宿人の 無職 A田 E二 君(22歳男性)は 恋人の 埼玉県 入間郡 福岡村 無職 I 垣 K子さん(17歳女性)と 青酸カリ 心中を はかり 男は 死亡、女は 妻木病院に 収容されたが 重体。
荏原署の 調べでは 男が 失職して 結婚できないのを 悲観した もの。
I 垣さんは 1週間前 遺書を 残して 家出、下宿で 前夜 2人で ドンチャン騒ぎの 最後の 宴を 開いたと いう。
朝日新聞 東京版 昭和28年(1953年)1月4日 日曜日 12版 7面
学生服の つじ強盗
3日 夜 8時半ごろ、東京都 品川区 五反田 3 ノ 128 先 暗がりで 同町 会社員 I 崎 Y子さん(20歳女性)は 後から 来た 茶色 オーバー 学生帽 20歳ぐらいの 男に 顔を なぐられ、化粧品入り ハンドバッグを 奪われたと 大崎署へ 届け出た。
朝日新聞 東京版 昭和28年(1953年)1月5日 月曜日 12版 7面
タコを 取ろうと して 感電死
4日 午後 4時 20分ごろ、東京都 大田区 上池上、東電技師補 H川 K雄さん(31歳男性)は 同区 北千束 648 先で 東急目蒲線の 電線に ひっ掛った タコを 取り除く 作業中 誤って 高圧線に ふれ、即死した。
おそらく、東電技師補 H川 K雄さんが、タコをあげていて、電線に 引っ掛かって、感電死したのではなく、電線のそばで、タコあげをするような、ろくでもない人がいて、そのタコが、電線に引っ掛かったので、東電技師補 H川 K雄さんが、そのタコを取り除く作業をしている最中に、高圧線にふれて、感電死したのだろう。
朝日新聞 東京版 昭和28年(1953年)1月5日 月曜日 12版 7面
91の 老人 即死
4日 午後 4時 15分ごろ 東京都 大田区 馬込東 無職 S村 H槌さん(91歳男性)は 同町 4 ノ 240 先 品鶴線 踏切りで 上り貨物列車の 通過を 待っていた 際、列車の あおりを くって 転び、頭を マクラ木に 打って 即死。
朝日新聞 東京版 昭和28年(1953年)1月5日 月曜日 12版 7面
初夢に 悩まされ 自首 成城署へ 同僚の 人夫殺し
4日 午後 2時すぎ 殺人容疑で 東京 深川署から 指名手配されていた 住所不定 人夫 E 藤 T朗(21歳男性)は
同僚殺しの 悪夢に 悩まされ 逃げられない。
と 東京都 世田谷区 大蔵町 150 東京電鉄工業会社 W田組 飯場 責任者 W田 Y弘さん(49歳男性)に 連れられて 成城署へ 自首した。
自首によると
昨年、同郷の 友人 S藤 I 朗さん(24歳男性) = 福島県 取麻郡 松山村 = と 2人で 上京、江東区 深川平久町 K田 建設会社 U本組 飯場に 人夫と して 働くうち 仲が 悪くなり 同年 9月 20日 夜 同 飯場内で 口論の 上、S藤さんを ジャックナイフで 刺し殺した。その後 横浜、東京都下の 工事現場を 転々し、暮の 7日に 水道工事現場の W田組へ 身を よせていたが、初夢には 殺した S藤さんが 現われるなど 2日から 食事も 出来なくなって、自首を 決意した。
と いっている。
朝日新聞 東京版 昭和28年(1953年)1月5日 月曜日 12版 7面
“探して 下さい”と 本社へ 2組
妻が 4児 残し 家出 行方不明の 子を 母親が
4児を 残して 家出した 妻を 探す 夫と、残した 子の 行方を 探す 家出の 母の 2組が 4日
探して 下さい。
と 本社へ 泣きついて きた。
○・・・ 東京都 足立区 四家町 会社員 A川 K朗さん(37歳男性)の 妻 E子さん(34歳女性)は 大みそかの 夜 銭湯から 帰ると カゼで 寝ていた K朗さん 始め 長男 K彦 君(13歳) =足立区立 十一中 1年生= 、 長女 N子ちゃん(10歳) =足立区 広土小 3年生= 、次女 S幸ちゃん(7歳)、次男 T治ちゃん(4歳)の 5人を 残して 家出した。K朗さんは 元日から 末の 2人の 子供の 手を ひいて 心当りを 尋ね歩き、4日は E子さんが 結婚前 待合の 女中を していたので もしかすると 上野池の 端の 料理屋街に 居は しないかと 上野署に 届出る 一方 本社へ 頼って来た。
A川さんの 話によると 生活の 苦しさが 原因の いざこざかららしい。
○・・・ 神奈川県 高座郡 座間町 相武台前 H山 T朗さん(33歳男性)の 妻 T子さん(25歳)は T朗さんが ヒロポン中毒で 生活が 苦しくなったため 夫婦ゲンカのあげく 長男の E吉ちゃん(6歳)は 夫の 元に 残し 次男の E俊ちゃん(4歳)を 連れて 大阪府 吹田市の 実家へ 帰った。残された E吉ちゃんは 母のいない 冷たい家庭を きらい その直後 家出し 昨年 11月 東京都の 杉並 児童相談所へ 収容されたが 翌 11日 脱走してしまった。E吉ちゃんの 家出を 知った T子さんは 3日 大阪から 上京、別れた 夫の T朗さんを 訪ねると、ヒロポン中毒で ルンペン同様の 生活なので、親類の 埼玉県 北足立郡 志木町 K沢 Y孝(男性)氏方に 身を寄せ、都内の 心当りを 毎日 探しまわって いる。
E吉ちゃんは 年の わりに 大きく 肥っており よく見ると 右まぶたの 上に 傷あとが ある。
と いう。
母のいない 冷たい家庭
という記載から、この記事を書いた朝日新聞記者にとって、母は家庭の一員であったことがわかる。
私が書いたブログ記事である
http://supplementary.at.webry.info/200708/article_1.html
に載せた『東京朝日新聞 昭和11年(1936年)4月29日 水曜日 G 11面』の『製材所主 投身』を書いた新聞記者の認識では、妻は、家庭の一員ではなかったようなので、それと比較すると、興味深い。
朝日新聞 夕刊 東京版 昭和28年(1953年)1月5日 月曜日 3版 3面
和歌山で 鉄道心中
【和歌山 発】 5日 午前 零時半ごろ 和歌山県 有田郡 広町の 紀伊西線 踏切で 和歌山発 田辺行 貨物列車 =Y田 M男 機関士(28歳男性)= が 若い 男女の 鉄道心中死体を 発見した。2通の 遺書が あり 東京 港区 芝海岸通り 日本郵船 芝浦 事務所 Y本 K志 氏(19歳男性)と 北海道 釧路市 H K子さん(19歳女性)らしい。
朝日新聞 夕刊 東京版 昭和28年(1953年)1月5日 月曜日 3版 3面
着物に 火が つき 焼死
東京都 大田区 糀谷、とび職 K村 I 朗さん(男性) 妻 T子さん(27歳)は 4日 朝 8時ごろ 自宅で コンロの 火に あたっているうちに 持病の てんかんが 起って コンロの 上に 倒れ、着物に 火が ついて 火だるま、近くの 東邦医大病院に 収容したが 同日 午後 5時 死亡した。
朝日新聞 夕刊 東京版 昭和28年(1953年)1月5日 月曜日 3版 3面
江東に 連続 怪火 空家から 火を 出す
5日 午前 1時 40分ごろ 東京都 荒川区 三河島 無職 S藤 S一さん(男性)所有の 空家から 出火、隣りの ペークライト 加工業 A見 M朗さん(男性)方など 工場、住宅 2むね 23坪を 半焼した。荒川署で 調べているが、火元の 空家は 元パチンコ屋で 最近 閉店し 人気も なく、放火の疑いで 捜査している。
なお 同署管内では 去る 1日にも 三河島 1 ノ 2665の 人気のない 倉庫を 焼いている。
朝日新聞 東京版 昭和28年(1953年)1月6日 火曜日 12版 7面
晴着 びしょぬれ 関東に 20日ぶりの 雨
5日 夕 4時ごろから 関東以西に 久しぶりの 雨、中央気象台の 話では
12月 16日以来 まる 20日目だ。
と いう。元日以来の 晴天つづきに この 日も 出盛っていた 正月晴着の 人々は、街角を 走ったり 軒下に 雨宿りしたり、映画館の ハネ時など 花やかな ごったがえしだった。
この 雨 きょう 正午までに 大体 止み、7日から また 好天気に なる よし。平均 15 ミリ程度の ものだが、湿度 30%(東京地方 5日 正午現在)にまで 乾き切っていた さい とて、カゼにも 火事にも 電力にも まずは 初の 慈雨と いう わけだった。
朝日新聞 東京版 昭和28年(1953年)1月6日 火曜日 12版 7面
質屋に ピストル 3人組
5日 夜 8時 40分ごろ 東京都 渋谷区 鴬谷町 M屋 質店(店主 I 藤 S雄さん〈男性〉)方に ピストルを 持った 黒ジャンパー、いずれも 30歳ぐらいの 3人組が 押入り、家人を
騒ぐと 殺すぞ。
と 脅し、マージャン 2組を 奪って 逃げた、と 渋谷署に 届けた。
朝日新聞 東京版 昭和28年(1953年)1月19日 月曜日 12版 7面
3人組 強盗 渋谷で 質屋へ
18日 夜 9時ごろ 東京都 渋谷区 神泉町 質屋 S根 A男さん(27歳男性)方に いずれも 30歳ぐらい、マフラーと フロシキで 覆面した 3人組の 強盗が 入り ジャックナイフで A男さんの 右手首に 10日間の 傷を 負わせ 現金 3万円を うばって 逃げたと 渋谷署に 届出た。
去る 5日 夜も 同区 鶯谷町 質店 I 藤 S雄(男性)方が 3人組の ピストル強盗に 襲われており、同署では 同一犯人と みて 捜査している。
朝日新聞 夕刊 東京版 昭和28年(1953年)1月26日 月曜日 3版 3面
質屋荒し 4人組 捕る 1名は 調室で 服毒自殺
質屋 専門に 東京の 城西方面を 荒していた 強盗 4人組の 1人が パトロール警官の 職務質問で 捕まったのを キッカケに 26日までに 全員が 逮捕され、うち 1人は 浅草署の 調室で 服毒自殺を とげた。いずれも 上野方面の 浮浪者で T橋 Y治(22歳男性)、O寺 M志(28歳男性)、K井 H朗(21歳男性)、M井 Y(30歳男性)の 4人。
渋谷署の 調べに よると 1月はじめ 上野の 木賃宿で 知合い、強盗を 計画、メボシを つけた 家を 昼側から 内てい、よいの 口に 忍び込んで 家人が 戸締りに 出た スキを ねらっては 押入ると いう 手口で さる 18日 夜 渋谷区 神泉町 質屋 S根 A男さん方に 押入り A男さんの(←このへんは、セルフコピーのミスで判読できなかったが、文脈から推測した) 手に ジャックナイフで 切りつけ 全治 10日の 傷を 負わせた 上、妻 K子さん(20歳)を 脅し 4万 7千円を 奪った ほか さる 5日 夜には 同区 鶯谷町 質屋 I 藤 S雄さん(35歳男性)方でも 麻雀パイなどを 奪って いた。22日 夜には 京王線 下高井戸駅前付近の 質屋を 襲おうと した ところ パトロールの 北沢署員に T橋だけが 捕まり、他の 3人は 26日 あさ 浅草田中町 旅館 D東館で 寝ているところを 浅草署員が 逮捕した。
同署 調室で 取調べ中 同 9時ごろ K井は 突然 苦しみ出したので 浅草寺病院に 収容したが 間もなく 死亡した。青酸反応が あるので 青酸加里を のんだものと みられるが、同署で いつ 服毒したかを 調べている。
朝日新聞 東京版 昭和28年(1953年)1月6日 火曜日 12版 7面 お国だより
晴れて 満 103歳
青森県 上北郡 大三沢町 浜三沢 農業 小比類巻キツさんは、1月 6日 晴れて 満 103歳と なった。戸籍は 嘉永 5年 1月 5日 生れと なっているが、本人の 話では
生れてから 2年近くも 出生届を 出さなかった。
と いうから、実際は 106歳だとの こと。町役場でも 別に この 話を 否定しては いないが、とにかく 103歳以上は 確実と いう ワケ。耳は 遠いが、毎朝 6時には 起きて 家の 農業を 手伝って いる。 (青森)
嘉永 5年は、西暦では、1852年である。
ちなみに、1853年(嘉永6年)6月に、アメリカ合衆国の東インド艦隊司令長官ペリーが、浦賀に来航し、1854年(安政元年)3月、日米和親条約が調印された。
それはともかくとして、1852 + 103 = 1955であり、上記新聞記事は、1953年の記事であるので、計算が合わないが、上記新聞記事は、確かに、こう書かれていた。
というわけで、真偽を知りたい読者が検索しやすいように、上記新聞記事は、原文通り、実名と詳細な住所も入力した。
朝日新聞 東京版 昭和28年(1953年)1月7日 水曜日 12版 7面
鶴田 浩二 なぐらる
【大阪 発】
6日 午後 8時 20分ごろ
映画俳優 鶴田 浩二(28歳)は
宿舎の 大阪市 天王寺区 大道 3丁目 旅館 備前屋で 少女に サイン中、
上りこんで来た 若い 4人連れの 与太者風の 男に
空の ウイスキー角ビンで 頭を 殴られ 全治 1週間の 裂傷。
4人組は 付近に 待たせてあった タクシーで 逃走した。
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