昭和11年4月の興味深い新聞記事など その4
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作成日時 : 2007/08/07 13:52
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東京朝日新聞 昭和11年(1936年)4月25日 土曜日 G 11面
真に 奇跡! 30年間 別れた 兄弟 留置場で 邂逅
抱き合い 歓喜の 涙 あの 呼名“兄だ” 鉄窓下で 弟が 叫ぶ
30年間 別れたままの 兄弟が 奇しくも 巡り 会った 場所は 冷たい 警察の 留置場で あった。24日 午後 深川 平野署の 刑事室で その 兄弟が 抱き合って 歓喜の 涙に かき暮れたと いう 劇的な 物語りー
深川区 牡丹町 魚 行商 T口 K朗(30・男性)(←満28〜29歳)は 去る 16日 夜 同区 門前仲町で 酔っ払って 乱暴を 働き 20日の 拘留に 処せられ 平野署の 留置場に(←文脈から考えて、「留置場で」の間違いだと思われるが、原文のまま、入力した) 釈放される 日を 待ちかねて居た、24日の 午後 3時頃だ。
同じ 留置場内に 前夜 ぶち込まれた 商人風の 男が 監視巡査に 名を 呼ばれて 出て行ったのを 耳に 挟んだ K朗、確かに 今 巡査が 呼んだのは 夢にも 忘れぬ 兄 W田 I 朗の 名で あった。K朗は 物に 憑かれたように 起ち上り、巡査に 声かけて よく 確かめてみると まがいも なく 実兄の 名 そっくりだ。
お願いです。あれは 私の 兄に 相違ありません。一目で 結構です。会わせて 下さい・・・
嘆願された 巡査は 彼の 真剣な 姿に 心動いて これを 刑事室に 通じた。
この時 刑事室に 引き出されていた W田 I 朗(43・男性)(←満41〜42歳)なる 人物は 麹町区 麹町の 株式仲買店の 店員。
前日の 23日 午後 9時半頃 深川区 三好町に いる 母親 W田 R (60)(←満58〜59歳)を 訪ねるために 円タクを 拾ったが 所持金が(←文脈から考えて、「所持金を」の間違いだと思われるが、原文のまま、入力した) 紛失して 運転手と 争った 果て 平野署に 突き出され 一夜 検束 留置に 処せられた。
翌 24日の 午後 釈放される 間際に 留置場から 追い縋って来たのが 自分を 兄と 呼ぶ 魚屋の K朗だった。
長い 物語りを かい摘まむと K朗は 2つの 時 親戚の 家に 養子に やられ 母とも 兄弟とも 別れた。17の 時 はじめて W田 I 朗と いう 兄の ある事を 知った。
魚の 行商を 渡世と する K朗には(←文脈から考えて、「K朗は」の間違いだと思われるが、原文のまま、入力した) 孤独の 淋しさから 一層 心も 荒んで 乱暴者に なって しまったらしい。一方 その兄の W田 I 朗も 幼時 別れた 末弟の ある 事は 知っていたが 頑固一徹な 母親は その弟の 事を 口にも 出さぬ 有様に 深い 過去の 事情を 知る 由も なかったと。刑事室で 対面した 2人は 語る 間に 懐かしい 兄弟で あることが 判った。余りに 意外な めぐり合わせに 言葉も 出でず 、2人は 手を 取り合って 涙に かき暮れていたが、 やがて 兄は 声を 励まして
僕も 一寸した 不注意から こんな 所に 来てしまったのだが これから 大いに 奮発して 行こうじゃないか!
と いえば、弟の K朗
兄さんに こんな 醜態を 見られて 面目ないです。警察を 許されたら 早速 あなたを 訪ねます。そして すっかり 生まれ変わった 人間に なって 兄さんと 仲よく 大いに 働きましょう。
と 涙の 感激シーンを 現出した。
丸で 夢心地 兄 I 朗 君の 感慨談
兄 I 朗 君は その 日 弟と 別れて 我が家に 帰ったが しみじみと 語る。
父は 洲崎で 引手茶屋を していたとか いいますが 幼時 弟を 養子に やったと いうだけで その後の 事は 全然 判りませんでした。30年振りの 奇遇で 全く その時は 語る 言葉も 口に 出ぬ 有様でした。私も うっかり 金の しまい所を 忘れて 警察の 厄介に なったのですが 弟とは 行会うし 家に 帰ってみると 落とした 筈の 金 15円が 着物の 間から 出て来ると いう 始末。いやはや 何も 彼も 夢ですなあ・・・。
私が
孤独の淋しさから、一層、心も荒んで、犯罪をした者に対し、それを理由とした情状酌量をしてはいけない。
と思っているのは、いうまでもない。
なお、引手茶屋が、どんな商売であるかを知りたかったら、下記サイトが参考になるかもしれない。
http://www.jti.co.jp/Culture/museum/tokubetu/eventSep02/yosiwara_2.html
東京朝日新聞 昭和11年(1936年)4月29日 水曜日 G 11面
剽盗 婦人を 襲う
28日 夜 9時頃 品川区 五反田 カナダ・サン生命保険会社員 T中 S朗 妻 I さん(59)(←不鮮明だった。35 or 39 or 55のいずれかの可能性もある)(←満33〜34歳 or 満37〜38歳 or 満53〜54歳 or 満57〜58歳) は 買物の 帰途、自宅付近の 暗闇で 年齢33歳位(←満31〜32歳) 黒の もぢりに 黒の 半ズボン 職人風の 男に 襲われ 5円余 在中の 財布を 強奪された。
念のため、書いておくが
剽盗(ひょうとう):人をおどして、物を奪い取る者。おいはぎ。つじ強盗。
である。
東京朝日新聞 昭和11年(1936年)4月29日 水曜日 G 11面
改札掛が 殴る 不忍池畔で
28日 夜 10時頃 上野公園 不忍池 ボート小屋付近で 下谷区 七軒町 N島 H造(男性) 弟 K朗(28)(満26〜27歳)と 同居人 E藤 M衛(24・男性)(満22〜23歳)が 2人組の 男に
マッチを 貸せ。
と おどかされた上 さんざんに 殴打され 悲鳴に かけつけた 上野署員が うち 1人を 取り押さえた。これは 京成電車 佐倉駅 出改札掛 I 井 S朗(22・男性)(満20〜21歳)で 逃走したのは 京成電車 日暮里駅 勤務の S藤 K一(22・男性)(満20〜21歳)で
単に マッチの 事から 喧嘩を したのだ。
と 称しているが 上野署では 剽盗未遂と 睨んで 調べている。
東京朝日新聞 昭和11年(1936年)4月29日 水曜日 G 11面
逆説 舌切雀 なめた どじょう汁に 青酸加里 お婆さん 鳥目の 禍
28日 夕方 6時頃 浅草区 浅草橋 電気スタンド製造業 Y田 U朗(男性) 母 Tさん(71)(満69〜70歳)は 台所で 夕飯の 支度中 工業用 青酸加里 溶液を 醤油と 間違えて どじょう汁の 中へ 入れてしまい、入れてから 変なので どじょう汁を ちょっぴり なめて 見たが 忽ち 嘔吐を はじめた。明治病院に 入院しているが どうやら 生命は 取り止めるらしい。
家人は
鳥目ですから 間違えたんでしょう。
と 語っているが さても 危険な 台所で ある。
東京朝日新聞 昭和11年(1936年)4月29日 水曜日 G 11面
上野の 自殺死体
28日 夕方 5時頃 上野公園 東園見晴台下の 熊笹の 中に 死後 3日を 経た 男の 劇薬自殺体が あったのを 兵隊ゴッコの 子供が 発見した。30歳位(満28〜29歳位) 勤め人風で 背広服と 冬オーバーの ネームは「茂野」と なっている。
東京朝日新聞 昭和11年(1936年)4月29日 水曜日 G 11面
製材所主 投身
28日 午後3時頃 深川区 三好町 製材所主 S朗(55・男性)(満53〜54歳)の 溺死体が 同家裏の 材木堀に 浮いた。昨年8月 脳溢血を 患ってから 半身不随と なり 昨今 昂進したのを 厭世してか この日の 未明 ひそかに 這い出して 行方不明と なっていたもの。子供が ないので 養子を 迎えて いるが 現在 入営中で 家には 妻と 雇人3人。寂しい 家庭である。
この時代の東京朝日新聞記者にとって、妻がいても、寂しい家庭であったらしい。きっと、この時代の東京朝日新聞記者の認識では、妻は、家庭の一員でないのだろう。
私が書いたブログ記事である
http://supplementary.at.webry.info/200712/article_5.html
に載せた『朝日新聞 東京版 昭和28年(1953年)1月5日 月曜日 12版 7面』の『“探して 下さい”と 本社へ 2組』を書いた新聞記者の認識では、母は、家庭の一員であったようなので、それと比較すると、興味深い。
東京朝日新聞 昭和11年(1936年)4月29日 水曜日 G 11面
女中の 服毒
28日 昼頃 板橋区 中新井町 酒商 S朗(男性)方 女中 T(20・女性)(満18〜19歳)は 同番地の 空バラック内で 劇薬を 服み 自殺を 図ったが 生命は 助かる 見込み。T は 前夜 お内儀さんから 些細の ことで 叱責され 主家を 飛び出し その晩は 友達の 家で 寝たが、今更 主家へも 帰れず 服毒したもの。
東京朝日新聞 昭和11年(1936年)4月29日 水曜日 G 11面
偽記者 御注意
最近 東京市内に 東京朝日新聞記者 N田 T雄の 名刺を 持ち 金銭を 強要する 者 ありとの ことですが N田記者は 本社 在勤者なるも 右は 同人と 何等 関係なきことに つき 被害の 向は 直に 警察署に 申告されるよう 御注意を 願います。
被害に遭わないように、気をつけて下さい。
でなく
被害に遭っても、当社とは関係ないから、直接、警察署にいって下さい。
という意味のことが書かれているところが、興味深かった。
東京朝日新聞 昭和11年(1936年)4月29日 水曜日 G 11面
実直の 仮面 2つ 拐帯の 事務員と 雇人
品川区 北品川 朝日工業所 事務員 M夫(21・男性)(満19〜20歳)は 28日 正午近く M田 支配人から 命ぜられて 第一銀行 三田支店へ 従業員の 給料 2千円を 取りに 行って 受け取ったまま 失踪。
同人は 昨年4月から 働いているが 実直の 点を 信頼されて 金銭関係 一切を 任されていたと 言い 失踪後 調べてみると 川崎の ダンスホールへ 出入りしていることが 判り 拐帯と 見て 品川署へ 届け出た。同工業所は 飛行機の 部分品 製造所で 2千円は 職工 30名と 事務員 5名分の 給料である。
同夜 10時頃 浅草区 雷門 染物商 U家 たま方 雇人 K(20・男性)(満18〜19歳)が 集金 400円を 拐帯して 逃げた。之も 3年来 真面目な 若者として 信用されて 来たもので あとで 調べると すでに 900円位 使いこんでいたと。
念のため、書いておくが
拐帯(かいたい):委託された金銭や物品を持ち逃げすること。
という意味である。
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