昭和30年頃の少年犯罪など その1
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作成日時 : 2007/04/10 15:22
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産業経済新聞 大阪版 昭和30年(1955年)3月16日 水曜日 14版 7面
あいつぎ 深夜の 自動車強盗
パトカー 15分で 逮捕 ハンマー ふるう 少年
15日 午後 11時 15分ごろ 大阪 西淀川区、H タクシー=S 運転手(34歳 男性)=が 西区 花○橋から 20歳前後の 男を 乗せ、大正区 北×▽島町 31 次 淀川○×◇前まで 来た ところ 男は いきなり ハンマーで S運転手の 頭を 殴り、1週間の 打撲傷を 負わせ 逃走した。同運転手の 叫び声を 聞いた 近所の 人が かけつけ 110番に 急報、駆けつけた 西署 パトカーが 近くを 捜査した ところ、付近の I 会社 倉庫内の トラックの 下に かくれて いる 男を 同12時ごろ 発見、大正署に 移送した。大正区、 無職 O 少年(19歳)と いい 犯行を 自供した。
北河内でも 売上げ 1400円を 強奪
15日 午後 10時ごろ 大阪 北河内郡 四宮村 枚方 ー 八尾○×場で 大阪 西淀川区、H タクシー=N 運転手(25歳 男性)=が ○▽◇×井△から 20歳位の 男を 乗せて ×城町方向に 向う 途中、男は いきなり N 運転手の 後から 頭を なぐりつけ 売上金 1400円在中の ズック 手提鞄を 奪って 逃走した。賊は 5尺2寸位、首○トレンチコート、登山帽を つけて いた。
産業経済新聞 大阪版 昭和30年(1955年)3月22日 火曜日 14版 7面
万引少年、高島屋に 放火 休日、脱出に 窮し
婦人服 売場 50坪 焼く
21日 夜 8時 10分ごろ 大阪 南区 高島屋 百貨店内 4階 婦人服 売場の 西北部 ○×△付近から 出火、同売場 200坪の うち ◇△×を 含めて 約 50坪と ×服生地 約 10反、既製服 約 40着を 焼いた。損害 約 200万円。 (○×補足) この日 同店は 月曜日で 公休だった。
女もの ばかり 恋人の ため 盗む
出火と 同時に 現場に かけつけた 同百貨店 保安員が 4階 階段を うろついて いた 学生服の 少年を 南署員に 引き渡した。消防車が かけつけた ときは 4階は ×が なく 煙が 一帯に たちこめて いた ため 消防士は ガスマスクを つけて 出火場所を 確認した ほど だった。また 商品を ぬらしてはと ショウウィンドウにまで シードを かけて 放水した。火は △◇室の ショウウィンドウ付近から 出て おり、つっ立って いた マネキン 30体も 丸焦げに なって いた。ちょうど 連休の 人出の 出○りだった ため、ヤジ馬が どっと とりまき 交通整理の お巡りさんまで 出るなど 一時は 大騒ぎだった。高島屋では
22日は 平常通り 営業する。
と いって いる。
前日 もぐりこむ
南署へ 引渡された 少年は 住所不定 無職 A(18歳)と いい、タバコの 火で 放火した ことを 自供した。調べに よると A少年は 高島屋で 時計を 盗もうと 20日 午後 5時半ごろの 閉店 間ぎわに 時計売場に 入ったが、身を かくす ところが ないので 婦人服 売場の 服地の 中で 寝た。21日 朝 恋人に 贈ろうと ブラウス 2枚、グリーンの ジャンパーなど 女物ばかり 10点を 盗み 店が 休みで 4階に 閉じこめられたので 22日まで 待とうと したが、20日 朝から 何も 食べず 空腹で 苦しく なったので 放火して 騒ぎに まぎれて 逃れ出ようと ピースの 吸いさしに 火を つけ、黄色の 婦人服地に のせて 燃やした。火は まもなく 近くの 包装紙や 衝立に 燃え移り 煙が たちこめたので 火事を 知らせる ために 窓まで 開けたが 間もなく 保安係員が 火事を 発見、シャッターを 上げたので 急いで 3階まで かけおりた ところを 捕った。
なお 22日 午前 零時ごろ 高島屋 保安係員が 焼けた 売場近くの 4階便所の 中で 女物スーツや ボレロなど 4点が 風呂敷に 包んで おいて あるのを みつけたが、A少年が かくして おいた ものと みて 同署に 届出た。
戦災孤児で モク拾い
Aは 両親、兄弟とは 小学校 3年生の とき 戦災で 死別、浮浪児と なり 大阪、東京などで モク拾いなど して いたが、さる 1日 東京から 来阪した ばかり だった。
産業経済新聞 大阪版 昭和30年(1955年)3月24日 木曜日 14版 7面
運転手と 格闘 捕まる 18の 少年が 自動車強盗
23日 午後 9時 10分ごろ、Kタクシー 今里 営業所 所属、H 運転手(30歳 男性)が 八尾市 近鉄 久宝寺駅 付近で 1人の 男を 乗せ、×○△金◇12付近に 来た ところ、男は いきなり 停車を 命じ 隠し持っていた 1尺5寸位の コン棒で 同運転手の 頭部、胸部、腹部などを めった打ちに し、治療 5日間の 傷を 与えたが、同運転手は 臆せず 賊は ×付き格闘中、駆けつけた 布施署 N 巡査が 逮捕した。
族は 住所不定、無職 Y(18歳)=富山県 生れ=で 小遣銭ほしさからと 言って いる。
次の新聞記事はかなり不鮮明であったので、〜と記載したところが結構、ある。
産業経済新聞 大阪版 昭和30年(1955年)3月25日 金曜日 14版 7面
運動部員 5名を 検挙 夕陽丘高生 学校荒し 20件
大阪でも 受験校と 目されて いる 大阪 天王寺区、府立 夕陽丘 高校で、同校 運動部員ばかり 5名が小遣いほしさから学校荒し専門の 窃盗団に 転落、天王寺署に 検挙されると いう 事件が 発生、一流校だけに 各方面に 問題を 投げて いる。
天王寺署では 24日までに 同校 3年生 U(18歳)=サッカー部員=、同 I (19歳)=ラグビー部員=、2年生 F (18歳)=サッカー部員=、同A(18歳)=同=、同B(18歳)=○×部員=の 5人組を 〜。Bらは 〜に 貴重品などを 置いたまま 練習して いる のに 目を つけ、×月 15日 午後、〜 1個(時価 4千円)を 盗んだ ほか、去年 10月ごろから 〜グループを つくっては 各運動部室を 荒らし回り、昨年 10月 10日 夜には 天王寺〜ファイヤーストームに まで 〜2年1組〜現金5千円を盗むなど前後約20回にわたり、腕時計27点(時価 計 7万円)、現金、学生服など 数十点、被害額 計 約 10万円に のぼる 学校荒らしを ▽れて いた。○×は 全部 西成区の 古物商に 売りさばき これで 得た 現金は 5人組の 共有〜、パチンコ店に 集団で 出入りする ×▽◇で、これらの なかには 月収 10万円の 会社社長の 子弟も 含まれて いる。
校長の 話
赴任した ばかり だし 病気で 休んで いたので 何も 教頭から 報告は 受けて いないが 、亭〜十分〜する。生徒の 処分に ついても 教頭が やって いる ことと 思うので 私からは いえないが、○×調査し、不良化防止に 全力を あげたい。
次の新聞記事もマイクロフィルムのためか、かなり不鮮明であったので、〜と記載したところが結構、ある。
産業経済新聞 大阪版 昭和30年(1955年)3月28日 月曜日 14版 7面
高校生が自供 福知山 自動車強盗
【福知山】 福知山署では 27日 午後 8時ごろ、〜福知山高○×久▽分校 3年 K少年(17歳)を 強盗 殺人 未遂 容疑で 逮捕した。
K少年は 26日 午後 9時すぎ 福知山駅前から Mタクシー=H 運転手(19歳 男性)=に 乗り、〜に さしかかった 際、いきなり ジャックナイフで H 運転手の 〜乗って 京都へ 高飛びし 嵐山、円山〜へ 舞戻ったところを 逮捕されたもので、小遣銭ほしさの 犯行と 自供した。
下記新聞記事はマイクロフィルムのためか、かなり不鮮明であったので、〜と記載した箇所が結構、ある。
産業経済新聞 大阪版 昭和30年(1955年)4月6日 水曜日 14版 7面
映画館で“金を 出せ” 少年、女 事務員を 襲う
5日 午後 8時 15分ごろ 大阪 北区、▽田シネマ =支配人 川× H一 氏(男性)= 1階 ○×廊下を 〜事務員 A子さん(25歳 女性)が 〜り、いきなり 顔などを 数回 なぐりつけ 足を けって 転ばした うえ
“金を 出せ”
と 脅し、A子さんの ふところに 手を 入れて 金を 奪おうと した〜逃げ出した。〜追いかけ〜捕まえた。A子さんは 顔、足に 治療 2週間の 打撲傷を 負った。
曽根崎署で 犯人を 強盗傷人の 疑いで 調べて いるが、大阪〜の ○×▽◇店 店員 O(19歳)と いい 小遣銭ほしさから やったと 言って いる。
産業経済新聞 大阪版 市内版 昭和30年(1955年)9月5日 月曜日 第8面
増えいく 青少年 犯罪 府警 戦後 最高の 恐れと 発表
今年は 青少年の 犯罪が 激増し、戦後 最高と いう かんばしからぬ 記録を 出すのでは ないかと みられて いるが 府警 少年課では このほど“青少年の 犯罪 白書”を 発表すると ともに 保護者たちに 警告を 発して いるー。それに よると 上半期(1月から 6月)に おける 犯罪 青少年の 数は、戦後 最高だった 25年の 上半期を 13% 上回り、4608と いう 驚異的な 数を 示して いる。これは 14歳未満の いわゆる “触法 少年”が 増加して きた ためで、この 触法 少年は 昨年に 比べると 3割方 増えて いる。この 増加要因に ついて 同課では、デフレの 影響が 一般家庭に ひびき、経済的な 貧困から 窃盗を 覚えると いう わけ だが これも たとえば 片親だけと いう 恵まれぬ 家庭環境や 保護者の 野放しが 根本原因と なり
「数人 連れだって 遊んで いた 子供たちが、自分だけ小遣いが ないと いう ことから つい 盗みを はたらき、泥沼に おちこんで ゆくのだ」
と 説明して いる。
一方 凶悪犯に ついても 今年は 戦後最高を 示す 傾向に あり 東淀川区 南方の 自動車強盗殺人、生野の 母親殺しや 万引少年の 高島屋放火事件など 21件を 数え、25年同期の 発生件数 2件の 10倍余と いう 激増ぶり。これら 凶悪犯は 大半が 中学生と 18, 9歳の 青少年に よって しめられ 一頃 騒がれた 高校生の 犯罪は 減少して いる。
また 触法少年を のぞけば、犯罪 青少年の 6割は 両親も そろい、生活環境も 普通以上の 家庭を もって いる ところから みても
“うちの 子供に かぎって…”
と いう 保護者の 甘い 考えは 許せない ことを 如実に 物語って いる。
少年 課長の 話
悪に 汚された 大人の 階層(←判読困難であるので、前後の文脈から推測した)が あって、これに 青少年が 服属(←判読困難であるので、前後の文脈から推測した)する ことが、青少年 犯罪の 原因と なって いる。高校生の 犯罪が 減った ことは 学校教育が ようやく 落ち着きを 取り戻して きた 現われだ。中学生には 大人への 反感、また 18,9歳の 青年には 大人への「成長」が それぞれ 強く はたらいて いるので、これら 青少年犯罪の 絶滅は 難しい。
ちなみに、私は
数人 連れだって 遊んで いた 子供たちが、自分だけ 小遣いが ないと いう ことから つい 盗みを はたらき、泥沼に おちこんで ゆくのだ というように、見栄をはって少年犯罪をした犯罪者に全く同情する気になれないことを念のため、付け加えておく。
産業経済新聞 大阪版 昭和30年(1955年)9月5日 月曜日 第7面
兄を 包丁で 刺す
“足手まとい”に 憤激 小児マヒの 弟
4日 午後 9時ごろ 大阪 西淀川区、A 病院 勤務 運転手、Bさん(29歳 男性)が 実弟の N(19歳)と 口論した あげく、妻 C(29歳女性)と 子供を 連れて 家を 出ようと した ところ、N は いきなり 台所から 刃渡り 約 15○(←判読困難であった。長さの単位が入ると推定される)の 刺身包丁を 持ち出し 玄関先で Bさんの 左脇腹を 後から 突刺し 瀕死の 重傷を 負わせ、かけつけた 西淀川署員に 傷害 現行犯で 逮捕された。同家は 老母や 体の 悪い 妹たち 7人家族で Bさんだけが 働いて いるが、N は 手足が 不自由な 小児マヒ患者で 働けない ところから 性格が いじけ、同日 昼ごろ B氏の 借りた スクーターに 乗った ことから 口論、B氏が
“お前らは 足手まといだ。自分達 親子 3人は 別居する”
と 荷物を まとめ 部屋を 釘づけに して 家を 出ようと したので カッとなり、突刺した もの らしい。
ニートが殺人をした事例である。
殺人犯は、手足が不自由な小児マヒ患者で働けないのに、なぜ、ニートなのか?
と思う読者は、私が書いたブログ記事である
http://supplementary.at.webry.info/200604/article_2.html
を読めば納得できるでしょう。
産業経済新聞 大阪版 市内版 昭和30年(1955年)9月12日 月曜日 第8面
人妻 縛り カメラ 奪う
2人組 強盗 逮捕
都島署では 11日 午後、天王寺 公園内で 都島区、無職 G(18歳 男性) および 城東区、無職 M(21歳 男性)を 強盗容疑で 逮捕した。同人らは 10日 朝 城東区、血液銀行に 血を 売りに 行って 知り合い、Gの 提案で 強盗を 計画、同夜(←判読困難であった。同昼かもしれない) 11時ごろ 都島区、古物商 T さん(男性)方で 留守中の 妻 △子さん(42歳)(←年齢は判読困難であった)を ○◇(←判読困難であった)で しばりあげ、物色中を 騒がれた ため ミノルタカメラ(時価 約 2000円)を 強奪した だけで 逃走した 事を 自供した。
産業経済新聞 大阪版 市内版 昭和30年(1955年)9月12日 月曜日 第8面
強盗未遂の ボーイ 取調べ
西成署では 西区、キャバレーボーイ Y(19歳 男性)を 強盗 未遂 容疑で 調べて いる。Yは 去月(←判読困難であった。5月かもしれない)31日 午前 9時 50分ごろ 友人 某と 共謀、顔見知りの 西成区、T アパート、ボーイ N さん(27歳 男性)(←判読困難であった。20歳かもしれない)を 訪れ、○△中(←判読困難であった)、突然 持って いた 風呂敷を N さんの 口に ねじ込み、ナイフを つきつけ、
“金を 出せ”
と 脅迫したが、逆に N さんに なげ飛ばされ、何も 取らずに 逃走した 疑い。
産業経済新聞 大阪版 市内版 昭和30年(1955年)9月12日 月曜日 第7面
壁を ぶちぬき 脱走 浪速少年院 10名、ラジオの 音で 偽装
犯罪、非行少年が 収容されている 中等少年院の 茨木市 郡山 4ノ5 国立浪速少年院 =H 井 M 院長(44歳男性) 収容少年 240名= で 入院後 間もない 収容少年 10名が コンクリートブロック塀を ぶちぬいて 集団脱走した。
11日 午後 8時半ごろ 浪速少年院前に 住んでいる 職員の Y本 T一 氏(33歳男性)(←年齢は不鮮明だった)の 家族から
少年が 脱走した。
と 急報が あり、当直教官が 各寮を 調べたところ 東第一学寮(35名収容)東側北隅の 教官室の 壁が 高さ 約 5b付近で タテ 1尺、ヨコ 7寸に わたり 破られ、同寮に 収容中の B少年(19歳)はじめ 10少年が 脱走しているのを 発見、茨木署に 手配すると ともに 同院職員を 非常呼集 張り込みを 行った 結果、9時半ごろ 同院 北 約 2`の 三島郡 豊川村 道祖本付近で 自転車を 盗み、2人乗りで 逃げる B(19歳) K(19歳)の2少年を、また 同 11時ごろ 高槻市 芥川付近で I (19歳) O(18歳)を、さらに 同 12時 50分ごろ 高槻市 芥川付近で R(←なぜか、この犯罪者だけ、年齢が新聞記事に記載されてなかった)を、茨木市 栄町付近で U 少年(18歳)を それぞれ 発見、保護。残る 4名の 行方を 捜している。
脱走少年らは 18歳ー19歳で
覚醒剤取締違反で 収容されたものが 6名、
窃盗が 4名、
3名は 罰則クラス、
他の 7名も 最低クラスに 入れられ、知能指数も 65-80と 低く、異常性格者で 腕力グループと いわれていた。いずれも 6月から 8月に 収容された 新参者で 寮の 規則ずくめの 生活に たえきれず 脱走を 計画、日曜日には 50名の 教官数が 12名に へるのに 眼を つけ 午後 6時から 脱走作業を 開始 ホームルームの ラジオの 音を ことさら 大きくし また 大声で 歌を 唄うなどで たくみに 音を カムフラージュ まず 教官室の デスクを 使って 天井裏を 破ったのち、便所横 下駄○の 台石の レンガで ブロック塀を ぶち破り、午後 8時の 点呼終了後 1人ずつ はい出して 巧妙に 脱走したもの。
脱走少年の うち 主謀者と みられる R は この日 友人が 面会に 来ており これに 刺激され 腕力グループ員を 使って 他の 収容少年を 威圧、脱走に 協力させたものらしい。他の 収容少年たちは
何も 知らず 眠っていた。
と 申立てている。
同少年院は 敷地 約 4万坪、大正 11年に 発足、去る 28年 3月 コンクリートブロック建築に 改修、6棟の 各窓には 鉄格子が 設けられ、出入口は 鉄戸で 夜間は 錠が かけられる、という厳重さだったが、問題の壁は コンクリートブロックのため 内側から 叩けば こわれやすく、簡単に 脱走出来たものと みられる。
産業経済新聞 大阪版 市内版 昭和30年(1955年)9月12日 月曜日 第7面
少年 13名が 乱闘 行楽の もつれ
11日 午後 6時半ごろ 神戸 生田区 ○町 5丁目、K電気工事株式会社 神戸支店へ 同区 中山手通 8丁目 靴職人 N 少年(16歳)、I 少年(13歳)(←不鮮明だった。14歳かもしれない)=楠中 1年生=ら 9名が 押しかけ 同店員 K少年(19歳)に
きょうの 話を つけにきた。
と いんねんを つけ 居合わせた 同 店員 4名と 乱闘、N 少年ら 8名は 同 店員 T と K 両少年の 顔面に それぞれ 1週間程度の 打撲傷を あたえた。生田署員が かけつけ 13名を 傷害の 疑いで 同署に 連行。調べに よると 同日 午後 3時ごろ N 少年らが 生田区 再度山に ハイキングに 行った際、自動車で 工事に きていた K, T 少年らに
自動車に 乗せてくれ。
と I 少年らが 無理に 車に 乗り込んだため K,T 両少年が 突落し そのまま 自動車で 逃げたためと 分った。
ところで、新聞記事の著作権は原則として、公表後50年であるらしい。そのへんに関しては、下記サイト参照。
『フリー百科事典 ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%91%97%E4%BD%9C%E6%A8%A9%E3%81%AE%E4%BF%9D%E8%AD%B7%E6%9C%9F%E9%96%93
なお、このブログ記事に関しては、自由に使用してよいものとする。さらに、特殊な漢字や文字が用いられていたが、現在、一般的に用いられているであろう漢字や文字に直して載せたことも念のため、断っておく。
ちなみに、大阪府立中央図書館でコピーしたものを手入力したものである。なお、産業経済新聞とは、産経新聞のことである。
なお、原文では、実名、病院名、詳細な住所が載っていたが、プライバシー保護のため、省略したり、ぼかしたりした。また、マイクロフィルム(←その図書館では、昭和30年以降の数年間、マイクロフィルムしかなかったので)を紙に印刷したものを手入力しているので、判読困難な箇所があったが、そういう箇所は前後の文脈から推測したことを念のため、断っておく。
このブログ記事は、『昭和30年頃の少年犯罪など その2』
http://supplementary.at.webry.info/200709/article_7.html
へ続く。字数制限のため、分けた。
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